バスにひかれた私のBLOG

白と黒

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あせらないでね。
ゆっくりでいいから。
先を急がないほうがいいよ。
あわてないで、さ。

こんなニュアンスの言葉。
何回いわれただろうか。
「またか...」というくらいに。

気持ちはわかる。
ちゃんと、伝わってるよ。
私のことを思って言ってくれているんだよね。
だけど。

違う。
違うんだ。

私は、あせってなんかいない。
気持ちの整理がきちんとついたから。
自分を受け止めて、私なりに現実を受け止めた。
だから、進みたいんだ。
もう、先に進むだけなんだ。
邪念はない。
前しかないんだよ。

そんな私の行動や言動が
どうも、あせっているように感じられたらしい。
いや、今でも時々そう。
あせっているように、感じられるらしいのだ。
ただ、やみくもに。
ただ、がむしゃらに。
先を急いでいるように思われるのだ。

確かに。
私の脳みそ回転スピードは、ゆっくりではないらしいし
切り替えの早さも、一般的なそれよりは早いらしい。
でも、それは意味のないものではないんだ。

入院中、考えた。
時間は、嫌になるほどあった。
視界に入るのは、天井ばかり。
ふと気をゆるめると、おかしくなりそうになった時もある。
テレビもあきた。
漫画もあきた。
小説なんて、頭に入らない。

だから私は、考えた。
自分をことを、考えた。
私とゆう人間を、考えた。
自分と向き合わないと、乗り越えてゆけないと思ったからだ。
自分のことを理解しないと、落ちるばかりだと思ったからだ。
逃げても、逃げ場所なんかない。

そこでわかった。
私の中には、白と黒。
それしかなくて、グレーは気分が悪いってことに。
私の考えは、結論が先。
その結論にむけて、結論に達する方法を考えるってことに。

言葉にすると少々難しいかもだけど
結局、私は単純だ。
「こうしたい」
「こうなりたい」
自分の気持ちに正直に。
だったら、その正直な気持ちに到達するように
自分をどうしたらよいかを考える。
これで、白と黒もはっきりする。

白か、黒か。
それを考えて、悩んで長い時間を費やすよりも
先に白がいいのか黒がいいのかと答えをだして
どうしたら、その答えに近づいてゆけるのかを考えるほうが
ずっとずっと、私には楽だ。

そして気づいた。
悩んだり、考えたりするけれど
答えはいつも、シンプルなんだってことを。
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# by akiaki2u | 2008-09-16 03:25 | その他

喫煙所

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夜な夜な、喫煙所へ行った。

喫煙所にいると、不思議と心地よかった。
日中の喫煙所は、煙が充満してくさいけど
深夜の喫煙所はそうでもない。
私の通った、2階の喫煙所の場合は。

私のいた病棟は10階。
私のおきまりの喫煙所は2階。

10階にも喫煙所はあったけれど
ひとが多すぎて面倒だった。
病院や、医者や看護士、そして同室患者。
これらへの愚痴をきかされるのが嫌だった。
怪我や病気自慢。
これをきかされるのも嫌だった。

深夜に車椅子で、10階の喫煙所の前を通過。
ガラス張りの向こうから、いくつもの視線がささる。
「ほら、あいつ。またわざわざ2階へ行くぜ」みたいな。
きこえちゃいないけど、そんな感じ、きっと。
ケっ。ほっといてよ(笑)。

2階には、病棟はない。
日中、外来患者が使う場所だ。
なので夜は、ポツリポツリとひとがくるだけ。
深夜でも明るい喫煙所。
なんだかそこにいると、少しだけ自由になった気がした。

事故にあった翌日。
もう絶対に、タバコはやめようと決めた。
とゆうか、恐ろしくて恐ろしくて。
吸ってしまったら、足がなくなると思った。

とゆうか。
それ以前に、ベットから動けないのだから
吸いになんていけないけど。

それから3ヶ月。
もう私は、すっかり脱喫煙だと思えた。
深夜に居場所を求めて喫煙所には行ってたけれど
吸いたいなんて、これぽっちも思わなかった。

けれど。
同じ時期に入院していた人達が
ひとり減り、ふたり減り。
気づけば、残っていたのは私だけになってしまった。

先がみえない。
いくら長い入院でも、「ここまでだよ」と
時期がわかっているのなら
少しは違っていた気もする。
だけど、あの時の私は、先がまるでみえなかった。

まだ何ヶ月もいるのだろう。
それも、いつまでなのだろう。
私より重症だと思っていた人達が
みんないなくなってしまった。
もしかしたら、私が1番重症だったのかな。
いや、そうだったみたい。

なんともえいないむなしさ。
なんともいえないせつなさ。
みんな、自分の生活に戻っていった。
元の世界へ帰っていった。
けれど私は、いまだここにいる。
抜け出せないでいるのだ。

そんな中で、ついに私は、タバコに逃げてしまった。
薬のように、吸っている間だけは
何も考えなくていい。
本当は、そんなのただの勘違いなんだけれど
でも、あの時は、タバコだけが心地よかったのだ。

そして、それから私はいつのまにか
2階の喫煙所の主になっていた(笑)。
見回りの警備のおじさんも
私がいないと、捜すくらいになっていた。

確かに喫煙はよくない。
自分の父親が肺癌で逝ったのだ。
よくわかってる。
だけど、あの時だけは
喫煙に逃げた私だけど
喫煙に助けられた面もあったのだ。

でも、今。
どこの病院も禁煙じゃん。
私がお得意だったあの2階の喫煙所も
すっかり物置にかわってる。

今度入院したら、どーしよ(笑)。
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# by akiaki2u | 2008-09-12 00:43 | 入院生活

弁護士その2

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さてはて。
弁護士を自分で探すといっても
いったいどうしたらいいのだろう。

2度、納得のゆかないパートナーだったから
今度は失敗したくない。
だけど、どうすれば、そこを見極められるのか。

うーん。うーん。うーん。
えーい。もう、とにかく会いまくろう。
波長があわなかったら、また探せばいい。
納得ゆくまで、探せばいいのだ。
そうしよう。それしかない。

弁護士にも、専門分野や得意分野があるだろう。
裁判や訴訟といっても、様々な内容なのだ。
私の場合は、医療も絡んだ損害補償。
そうだ。とにかく、大きい事務所を訪ねよう。
そうゆうところなら、色々なことに強いかもしれない。

ネットで検索して、ヒットしたところを
かたっぱしからチェックした。
そして私は、まず、ある法律事務所を選んだ。
なんだろう、こう、ピンときたのだ。
ここに行ってみようと、勘が働いたのだ。
そして、この勘は大きくあたった。

「今日の夜ならあいています。
それ以外ですと、来月になりますね...」

私はすぐに、イエスと返答した。

この事務所。
1週間に1度、様々な相談を受けてくれるらしい。
ネットでそれを知った私は、すぐに電話をいれた。
そうしたら、言われたのだ。
今日の夜ならあいてますって。

相談時間は、たったの30分。
その間で、どれだけ私の思いを伝えることが
できるだろうか。
その間で、どれだけ今の、そして今までの状況を
把握してもらえるだろうか。


そして。
はたして、訴訟を引き受けてくれるだろうか...。
私は訴訟が、できるのだろうか...。

夜。
私の面談の時間。
ドアをあけた私の前に、その先生はいた。
私は、1冊のファイルを渡した。
そして、まずこう言ったんだ。

「先生、力をかしくれますか」。

私のこの時の状況は、細かく話すと
とんでもなく長くなる。
だから私は、いつこのような場面がきてもいいように
1冊のファイルに、自分の全てをまとめていた。

事故の概要。
手術や、入退院の経過。
これらを、短い年表のように整理しておいた。
それに、今の状況や後遺症、診断書。

そして。
なぜに私が訴訟をせなばならないのか。
なぜに簡単にできないのか。
なぜに訴訟したいのか。

そのような全てを、できるだけわかりやすいように。
すぐに理解してもらえるように、まとめておいた。

いくつか、先生からの質問を受けた。
そして、私の伝えたいことを話す時がきた。
悲しい、つらい、きつい、しんどい、悔しい。
それらの感情をせつせつと訴えるつもりはない。
そんなことを相談するのなら、弁護士じゃなくてもいいんだ。
できるだけ手短に。
できるだけ言葉少なに。
そして、できるだけ的確に。
言葉を選んで、話しをした。

とにかく、先生。
私は訴訟がしたいんです。
できない訴訟だと、言われました。
何もかもが納得いきません。
法律のことは、私にはわかりません。
でも、訴訟がしたいんです。
先生、私に力をかしてもらえますか。
もらえませんか。

先生は、すぐに返答してくれた。
はっきりと、こう応えてくれた。

「あげたまさん。この世に、できない訴訟などありませんよ」

全身の力がぬけていった。
うそ。ホントなの。
私、訴訟ができるの。

1日24時間。
そのことばかりを考えていた。
どんなことがあってもへこまないと決めた。
負けないでやりぬこうと決めた。
強くなろうと決めた。
だけど、それはへこんでいられなかったからだ。
負けてなんかいる場合じゃなかったからだ。
強くならないといけなかったからだ。
だって、自分のことだからだ。

私がやらないで、誰がやる。
私のことは、私がやらねばいけない。
ずっと、そう自分にいいきかせていた。

力がぬけた。
嬉しくて嬉しくて。
まだ勝ったわけじゃないけど
まだ全然入口だけど
でも、負けないでよかったと。
行動に移して、間違いじゃなかったんだと。
涙がでそうなのを、必死にこらえた。

悔しい思いの全てを、私はぶつけることができる。
この何年間の思いを、吐き出すことができる。

「でも、あげたまさん。
悔しい思いも、辛い思いも、たくさんするかもしれません」

そう言われたけれど、それでも私の気持ちは変わらない。
それも、覚悟してる。
簡単じゃないこともわかってる。
だけど、私は絶対に間違っていない。
頑張れる。

そして最後に。
「わかりました。頑張りましょう」
先生は、そう言った。

私のこれからは、一緒に頑張ってくれるひとがいるのだ。
力をかしてくれるひとがいるのだ。
訴訟ができるんだ。

帰りの車内。
私の涙は止まらなかった。
でもその涙は、今までの区切り。
そして、これからの力。

いつか生まれかわったら
私も、弁護士になりたい。
ま、宇宙飛行士や投手や医者にもなりたいけどね(笑)。
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# by akiaki2u | 2008-09-10 15:33 | 訴訟

弁護士その1

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「できない訴訟など、この世にはありませんよ」

この言葉。弁護士さんからかけられたこの言葉。
これで、私はどれだけ救われただろうか。
涙をこらえるのに、必死だった。

私は会社に対し、2度の訴訟をおこした。
怪我との闘いはしんどかったけれど
ある意味、こちらのほうがしんどいと思える時もあった。

なぜ。

そう感じることが多すぎる。
多すぎたのだ。
まっとうなことが通らない。
全てが「法律ですから」。
それだけで却下される。
納得いかないことが、多すぎた。

そして、その訴訟以前の問題。

最初の訴訟。
会社側の、明らかに不当な行為だった。
まだ入退院を繰り返していた私は
知り合いが紹介してくれた弁護士に
全てをまかせることにした。

そして、2度目の訴訟。

私は、この訴訟の為に、全てを我慢してきた。
どうしても納得がいかないことも
会社の暴言も
運転手の卑劣な行為も。
数年の苦痛なもの全て、この訴訟で解決しようと思ってた。
けれど、面倒なことになってしまったのだ。

会社が、北海道から撤退することになった。
倒産じゃない。撤退。
親会社は、某県でうまく経営しているらしいけど
北海道からは手をひくことにしたらしい。

私の足が、治療の最後を迎え
最終的な後遺症の診断がされるまで
最後の訴訟はできない。
その日を待っている間に
会社がこのような状況になってしまった。

その話を耳にして、ほんの少しはあせったけれど
でも、「親会社は健在だから」。
そう思って、さほど気にもしていなかった。
社長は同じなのだから、問題ないと思ってた。

けれど、それはとてもあさはかな考えで。

ここで詳細は省くけれど
私が訴えることができるのは
あくまでも、所属していた会社と運転手。
会社がなくなってしまえば、それまでだと言うのだ。

そう。
弁護士がそう言ったのだ。
もう、訴える相手がいない。
泣き寝入りしかない。
そう言われたのだ。

そして、しつこくくらいつく私に
「やれというならやりますけど、金はとれませんよ」。
そう言った。

確かに、訴訟した結果、私が得るものはお金。
なくしたものと引き換えに、お金を得る。
が、しかし。
本音をいえば、金なんていらない。
くそくらえだ。
足が返ってくるのなら、金なんて1円もいらない。
金はいらない。足を返せ。
そう思う。

だけど、私のこの足の代償。
それは、決して小さいものではない。
それはやはり、お金で結果を出さなければいけない。

金はとれませんよってなんだよ。
私にとっての訴訟は、それ以前の問題なんだ。
訴訟すること自体に、意義がある。
それが、頑張って生き延びた足に、
私ができる唯一の手段。
そしてあいつらに
全てをぶつける唯一の手段。

気が狂いそうになった。
糸が切れた。
私が私ではなくなった。
死なないけど、死にたくなんかないけど
絶対に死なないけど。
でも、一瞬だけ。
死んでしまいたい。
そう思った自分がいた。

だけど、ここで終わってたまるか。
負けてたまるか。
闘うと、決めたんだ。
へこたれるもんか。

すぐに、違う弁護士を探した。
とにかく、訴訟したかった。
力をかしてくれるひとを、探したかった。
でも、次の弁護士にも裏切られた。

父親の知人の紹介だった。
事情を話したら、すぐに引き受けてくれた。
すごくすごく、ほっとした。
だけど、動いてくれたのは数回だけ。
あとは、何度電話をしても
何度出向いても
居留守を使われた。

難しい訴訟で、面倒な訴訟なのはわかってる。
だけど、私には1日たりとも余裕はない。
そうこうしているうちに、会社は閉鎖した。
そして、その弁護士からも離れた。

もうダメなんだろうか。
私はこのまま、この足を抱えたまま。
会社も運転手も、痛手は何ひとつないまま。
ただのやられ損だけで、終わってしまうのだろうか。

泣いた。
誰にも相談できる問題でもない。
ひとり泣くしかなかった。

けど。
やっぱりこのままじゃ嫌だ。
ひとしきり落ちたあと、決意した。
誰ひとり引き受けてくれる弁護士がいなくても
私ひとりで闘おうと思った。
勝つとか負けるとか。
金とか補償とか。
もう、そんなことはどうでもいい。
このまま黙っているのだけは嫌だ。
私の意志を、しっかりぶつけなければ
私は前に進めない。

そして、もう1度。
自分の力だけで、弁護士を探すことにした。
それでもダメなら、自分だけでやってゆこう。
そう決めた。
そして、私は出会えたのだ。
あの、弁護士さんに。
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# by akiaki2u | 2008-07-24 01:17 | 訴訟

できない手術

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「あげたまさん、すみません...」。

医師が謝罪することなんて、滅多にないよ。
そう、看護士さんから何度もきいていた。
その医師から、「すみません」という言葉。
私は何度か、受けたことがある。

私はラッキーだった。
主治医だった形成の先生2人とも、素晴らしい人だった。
自ら、謝罪できる心を持った医師だった。
そして、ある意味。
先生が「すみません」といわざるえないような事柄も
時々発生したのだ。

あれは。
背中の薄く広く長い筋肉と脂肪を、足に移植することとなり
手術のちょっと前に、検査入院したあの日。

様々な検査を受け
消灯となった部屋の暗い天井をみていた時。
「あげたまちゃん、ちょっといい?」。
看護士と先生が部屋に入ってきた。
珍しく2人部屋で、しかももうひとつのベットがあいていたので
その病室には、私しかいなかった。

「あげたまさん。あの...本当にすみません」
「???。先生、何がですか???」
「実は、あげたまさんの足は、動脈が1本ないんです」
「???」
先生、どーゆーこと?

動脈がないってなんだろ。
いや、血管がないってことなのはわかるけど
その意味が、私にはわからなかった。
そして、それがどうゆうことに繋がるのかも。

が。
しばらく先生とお話しをして、理解できた。
つまりは、こうゆうことだ。

下肢膝から下には、3本の動脈がある。
ふくらはぎから左右に1本ずつ、そして真ん中に。
けれど私の足のそれは、内側の1本が
膝からプッツリとない。
切れてしまったのだ。
そうか。だからあんなに出血したんだなあ。
あんなに、輸血もしたんだなあ。
出血死も考えられたとゆうのは、そうゆうことか。

そして。
本来ならば、これから私が受ける手術。
背中の筋肉やら脂肪を、この動脈につなぐ予定だった。
もってきた組織、血管に繋がないと、壊疽してしまう。
けれど、その動脈がない。
ないのだ。

他2本の動脈をひっぱてきて、そこに繋ぐことも可能らしい。
けれどそれをやってしまうと
今後、大きな後遺症に繋がる可能性は拒めない。
また、何かあった時。
もしまた事故にあったりした時。
2本のうちの1本を移植に利用してしまうと
踏ん張りがきかず、すぐに切断となる可能性も高い、と。
そう、説明を受けた。

この日。
私は、造影検査を受けた。
軽い手術の域に入るとゆうことで
入院が必要だった。
その検査にて、血管消失が発覚した。
術後、かなりの期間を経過して
このことがわかったのだ。

とゆうよりも。
最初の担当医師はわかっていたに違いない。
けれど、移動の為、その先生は移動となり
今の医師に引き継いでもらった。
かなり膨大な私のカルテ。
そこまでは、チェックしていなかったのだろう。

先生の「すみません」の意味。
結果、幾つかの意味があったのだろう。

移植をしたら、すごく楽になれると思ってた。
植皮した箇所のつっぱりや痛み。
無数の激痛を伴っていた。
神経もむきだしのようなものだ。
細かく綴ることはやめるけれど
とにかく。
この移植が出来たのなら、私は随分と楽になれる。
本当に待ち望んでいた手術だった。
後遺症も大きい手術ではあったけれど。

でも、できない。
その手術ができない。
痛みが減ることはない。

一瞬、大きく落ちた。

けれど。
例えばそこで泣きわめいたところで
手術ができるはずもない。
先生に怒りをぶつけることは簡単だけれど
その後に残るものは、なにひとつない。
意味がない。
そんなことしても、意味なんかないんだ。

だから。
私はたずねた。

「先生。できないのはわかりました。
血管がないことも理解しました。
それで、他に方法はないのですか」

先生は、即答した。
「あります」と。

そこで初めて、レントゲンやら何やら。
改めて、私の足の現実の説明を受けた。
また、現実だ。
また、抱えるものが増えた。
だけど、今の私は違う。

足が残るか残らないか。
そこを乗り越えることができた今
ちょっとことでは凹んだりしない。
凹んではいられない。
凹んでたまるか。

そして、最後に。
「エクスパンダー術がいいと思います」。
そう、先生が言った。

エクスパンダー?
なんだそれ。
動物の名前?

なんだかよくわからない。
わかるわけないし。
でも、それしかないのだ、きっと。

ちょっとでも可能性があるのなら。
私の中に「NO」はない。
ここで悩んで迷うことに、意味があるとは思えない。
何がなんだかわからないけれど
私の答えは「YES」。
お願いします。

先生は、「わかりました!!頑張りましょう!!」と。
そして、そそくさと部屋を出ていった。
すぐに、準備にとりかかると言ってくれた。

そっか。
エクスパンダーか。
それで頑張るか。

って..................え。
先生、肝心なことを言ってくれなかったじゃん!!
だから...............
エクスパンダーってなにものよーーーーーー!!

ま、いいか(笑)。
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# by akiaki2u | 2008-07-23 10:17 | 手術

この季節

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今日は、いささか足が痛みます。
ま、冬のそれに比べたら、ハナクソにもならないけど。

さて。
今年もまた、足を酷使する時期がやってきました。
時々、足が悲鳴をあげるけれど
でも、そこをなんとか調整しながら
踏ん張ってゆく時期ですな。

この世のどこかに、私とまったく同じ症状のひとが
存在しているとしたら。

おそらく、今の私のような仕事は
ほぼしないのではないかと思う。
いや、する気にもならないとゆう感じか。

いえいえ。だから「私、すごいでしょ。頑張ってるでしょ」。
そう言いたいわけではないのです、全然。
言えるほどのことなんか、してませんから。

いくら「足が悪いので助けてね」と、言っていたとしても。
やはり、自分が動かないといけないことのほうが多い。
とゆうよりも、もう勝手に身体が動いてる。
無理はしてないけど、してるみたいな。
今の自分の限界ギリギリまで動いてる、みたいな。

ま、その限界のラインが。
私の場合、ヤバイ位置にあるかもなので(笑)
周囲からしたら、相当無理をしているようにみえるかもな。
とゆうよりも、そもそも限界のライン。
私、あまりよく理解していないのかも。
「あ、ヤバイ」。
そう瞬時に判断した時のみ、ラインを感じているとゆうか。

1昨年。
この話をもらった時に、すぐに「乗ろう」と思った。
そして、試しに乗ってみて、すぐに「やれる」と思った。
とゆうか、「やってみせよう」と思った。
「やらなきゃいかん」と思った。

あの日。
私はある意味、一瞬にして大きなものを失った。
何年もかけて積み重ねてきたものを
一瞬にしてなくしてしまったのだ。

数年の日々の中で、そこは上手に消化したし
新しい何かを、また積み重ねていけばよいと思えていた。

けれど。
やはり、私の中のどこかで。
何かしら、フツフツとしたものがあったらしい。

けれどそれは、「また戻りたい」ではなくて
しっかりと「終わりたい」ということだった。
あの時の自分に、少しでも戻りたい。近づきたい。
決してそうではなくて、あの時の自分としっかりサヨナラしたい。
そういう思いだったのだと、改めて気づいた。

そう。
要は、ケジメ。

長い間、自分なりに必死にやってきたものであり。
それを、中途半端にきられてしまったこと。
そこに、私はフツフツとしたものを抱えていたのだ。
自分から線をひいて離れたわけじゃない。
なんだか、しりきれトンボみたいな。
そんな思いが残っていたのだ。

だから。
再び自分の足で乗務でき
あの時につちかってきたものを、また生かせている自分。
そこに、私は言葉にできない思いがある。

階段の大きな段差。
ゆれる車内。
狭い通路を通ること。
客を呼ぶために走ること。
急がなきゃいけない時。
立ちっぱなしな時。

色々な不安要素はあるけれど
でも、私の中のメンタルは軽い。
仕事でのもろもろはあったとしても
それもある意味、幸せなことなのだ。

だって。
外で働けているのだから。
働ける足があるのだから。

だから私は、全開マックスで
仕事をしなくてはいけない。
する義務があるのだ。
今の自分があることに感謝する意味で。
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# by akiaki2u | 2008-07-22 14:50 | その他

復活の日その3

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「オギー。これ、きくような気がする」
「じゃ、やってみようか」
「オギー。こんな動きはどうかな」
「じゃ、こうゆう感じでやってみよう」

動かない足。
感覚のない足。
動かないといわれた足。

何がどうどこにきくかなんてわからない。
それ以前に、それが意味のあるリハビリなのかさえも
わからない。
けれど、私の内部のどこかが反応した時の申告に
オギーは反論しなかった。
身体のしくみ、筋肉や筋や腱の動きを考えて
何かしらの指導をしてくれた。

かたくなった膝を動かす時、毎回吐き気がした。
なまりのように重たい足を、太腿やお尻の筋肉で持ち上げる。
とても難しかった。
だけど、リハビリ室にいる時は、私が私でいられた。

結果はどうなるかはわからない。
いや、むしろ良い方向にゆく可能性なんて殆どない。
だけど、この部屋にいる時だけは、前に進めている気がした。
何かに向かっている自分がいるだけで
今までの毎日とは、確実に違っていたんだ。

いつしか、私とオギーの間には
患者と医学療法士とゆう境がなくなっていた。
頑張ってくれているオギーの為にも
私は、絶対に結果をだしたかった。
私が私に、そしてオギーに。

エレベーターに乗っている間。
数分だったのか、数十秒だったのか。
私にとっては、長い長い間だった。
早く、早く知らせたい。
2階に着いて扉が開いた瞬間。
私は、これ以上ないとゆうくらいにダッシュした。
ゆっくり歩いている人達が多い廊下を
「どいて!!」と声を出しながらダッシュした。

そして、つきあたりを曲がり、いつものリハビリ室の入口。
さっき。ほんの数時間前に、ここを出た時には
こんな気持ちでここに戻ってくるなんて
1ミリも思っていなかった。

なぜだかわからない。
でも、この入口がみえたとたん
私はダッシュできなくなった。
深呼吸して、息をのんで、そしてゆっくり進んだ。
いつもの空間なのに、まるで違う眺めだった。

オギーは、違う患者さんの指導をしていた。
私がいることに気がついた助手さんが
「あれ。あげたまちゃん、どうしたー?」と声をかけてくれたけど
私はそれに応えることができない。
ただ黙って、オギーが気づくのを待つしか出来ない。

助手さんが「先生。あげたまちゃんがきてますよ」と
大きい声をあげてくれた。
オギーが「あれー。なんかあったのー?」と言いながら
私のほうへ歩いてきた。

もうダメだった。
涙が出てくるのはこらえたけれど、それだけでいっぱいいっぱい。
その私の顔をみて、オギーの表情がくもり
不安そうな顔になってしまった。
違う。オギー、違うんだよ。

「オギーあのね...」
「どうしたの!?」
「足...足首がね...」
「なにかあった!?」
「あのね..........動いた...」

一瞬、何が起こったのかわからない表情になったオギー。
その後、私以上に泣いたオギーがそこにいた。

気づけば、助手さんも泣いていた。
事情を知ったほかの患者さんが、拍手してくれた。

私は、本当に幸せ者だと思う。
私の為に、泣いてくれるひとがいるのだ。
私の為に、一生懸命になってくれたひとがいるのだ。
私に、気持ちをくれたひとがいるのだ。
これ以上、何かを望んだらバチがあたる。

一緒に闘ってくれたひとがオギーじゃなかったら。
担当医師があの先生じゃなかったら。
看護士さん達があんなんじゃなかったら。
なにかひとつでも歯車が狂っていたら
今の私はない。

この先、大変なことはたくさんあるかもしれないけれど
ここに結果を出せたこと。
何かに無心になることが無駄じゃないってこと。
ひとから気持ちをもらったこと。
私の為に泣いてくれたこと。

それがあるから、きっと私は大丈夫。
この日の全て。
私は一生、忘れない。
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# by akiaki2u | 2008-06-27 11:10 | 入院生活

復活の日その2

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ほんの少し前。

私は、装具をつけて自分の足で進んだ。
その姿は、かつての。
そう、数ヶ月前の私とは、まるで違う姿。
けれど、確かに前へ進むことができた。

この時。
正直、ある程度満足している私がいた。
嬉しくて嬉しくて嬉しくて。
自分なりに頑張った結果
ここまでこれたとゆうことが
とてつもなく嬉しかった。
もう、こんな嬉しいことなんて
きっとないんじゃないか。そう思ってた。

だけど。

病室で、ひとしきり泣いた私は
そばにあった松葉杖を手にとった。

オギーだ。
このことを1番先に告げなくてはいけないひと。
それはオギー。

「どこにいくの、あげたまちゃん!!」
「リハビリ室!!」
気づけば私は、廊下を松葉杖で猛ダッシュしていた。
本当は、車椅子で行ったほうが早かったと思う。
けれど、私は私だけの力で
これをオギーに伝えに行きたかった。

私のいた病室は10階。
エレベーターのボタンを押した。
理学療法室は2階。

なかなかこないエレベーター。
待っている時間が、普段の倍に思えた。
もしできるのならば。
階段をいっきに駆け下りたい。
そして、1分でも。いや、1秒でも早く
この事実をオギーに伝えたい。
伝えなくてはいけないんだ。

あれは。
私の足が切断を免れた時。
そして、2度と自分の足で歩けないと言われた日。
オギーが病室へやってきた。

どうしてもリハビリがしたいとゆう私の願いを
医師は受け入れてくれた。
動かせる部分だけでいい。
どうか、私を前に進ませて欲しい。
結果は、今はどうでもいい。
やれることをやらせて欲しい。
その私の願いを、主治医は容認してくれた。
他の先生の反対を押し切って。

そして。
オギーがやってきた。
私とオギーの、初めての出会い。

「あげたまさん。先生からきいているんですよね」
「はい、きいてます」
「どうきいてます?」
「自分の力では歩けないと言われました」
「そうですか...。そこは受け止められているんですよね?」
「はい。すごく受け止めています。でも、絶対に歩きます」
「あの。歩けないと言われてもですか?」
「はい。そこはわかってますけど、まだ私は何もやっていないので」

私は、できるだけ手短に。
できるだけ的確に、自分の考えを伝えた。
もう歩けないのは本当にわかってる。
だけど、歩きたい。
絶対に歩いてみせる。
今はそのことだけを考えて、やっていきたい。
そう伝えた。

そして、オギーはそれを理解してくれた。
もちろん彼女も、歩けないだろうとゆう事実は知っているし
医学的にも「歩けないだろう」と思っていた。

だけど、私と話しをしているうちに。
「このひとだったら歩いてしまうかもしれない」
「このひとだったら歩くんじゃないか」
そして最後には。
「いや、私が歩かせてみせる」
そう思ってくれたんだ。

それから。
私オギーの日々が始まった。
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# by akiaki2u | 2008-06-25 03:49 | 入院生活

復活の日

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絶対。
私は絶対、あの日のことを忘れない。
そして、忘れちゃいけない。
ある意味、あれが私のスタートでもあったのだから。

事故にあって1番強く思ったこと。
それは、大きなものを失ってしまった私ではなく
新しくスタートした私だとゆうことだ。

もう、健康な足は戻ってはこない。
過去を振り返るのはやめよう。
だけど、それまでの私があるから今の私がある。
だから、違うスタート地点に立ったのだと思えばいい。
そう、考えた。
違う足を手にいれたんだ。
人生の道を踏み外したのではなくて
新しい道ができたのだ。
そう思うことにした。

正しいのかどうかなんてわからない。
けれど、それが私の出した答えだった。
そして、その答えに結びつく、大きな大きな出来事だった。

あれは。
まだ、1日に1時間だけ。
リハビリをのぞき、1時間だけベットを降りてよい規制があった頃。
午後の検温で、看護士さんが病室へやってきた。

窓際のベットにいた私のところへは
いつも看護士さんが、最後にまわってきた。
あの日の看護士さんはくどうちゃんで、私の担当ナース。
珍しく時間に余裕があったようで、あーでもないこーでもない。
たわいもない話をしてた。

で、くどうちゃんが。
「ねえ。あげたまちゃんさ、運転はどうする?」そうきいてきた。
「もちろんするよー!!」。
私の不自由は足は、ラッキーなことに左足。
車はオートマだから、運転にはさほど問題はないのだ。

「じゃ~さ~左足はどうやって運転する~?」と、くどうちゃん。
つまり、運転に問題はないけれど。
でも、足首が90度に曲がっていないとか
うっ血するとか、だるいとか、むくむとか。
様々な問題があるけど、どんな体勢で運転するかってことだ。

「う~ん...こんな感じかな~」
そうやって、私はベットの脇にすわり
両足を床にむけて、だらんと下げた。

と、その時。

一瞬、呼吸がとまったような感覚に陥った。
足をさげたその瞬間、なんだか冷たいものが
足にスーっと流れたような。
いや、実際そんなことがあるわけはないんだけど
なんとゆうか。血管の中を、氷水が流れていったような。
どこかが軽くなったような。そんな感覚が走った。

と、同時に。

私の中に、「もしかしたら」とゆう感情がわいた。
もしかしてもしかしてもしかして。
いや、違う。あるわけない。そんなこと、絶対にあるわけがない。
けど、だけど。

多分その時間は数秒で、でも、その短い間に
いっきに色々なことを考えた。
その様子をみて、くどうちゃんが「どうしたの!?あげたまちゃん!?」と。

どうしよう。口にだすのがこわい。
もし、間違いだったら。
でも、リアルだったら。
どうしよう。くどうちゃん、どうしよう。
けれど。大きく深呼吸をして、勇気をだして声にしてみた。

「くどうちゃん.......もしかしたら.......」
「もしかしたら!?」
「今.......私の足.......」

ここまで言って、心臓がバクバクしてきた。
そして、今度は息をのみこんで、言葉にした。

「くどうちゃん........私の足、動いたかもしれない........」

くどうちゃんは、何がなんだかわからない顔をしてた。
その会話が、みんなの耳にもきこえたみたいで
病室中が静まり返ってしまった。

「あげたまちゃん、ほんとう?もう1回やってみて!!動かしてみて!!」

くどうちゃんはそう言った。だけど、動かすって言われても
なにをどうしていいのか、さっぱりわからない。
だけど、ゆっくり。
そう、ゆっくり考えながらやってみた。
まともな右足の動きを真似しながら、ゆっくりやってみた。

まず、お尻に力を入れた。
そして、膝をおさえて。
太腿の裏の筋肉に力を入れて。
そーっとそーっと、足首にむかって力をいれてみた。
私の背中に、みんなの視線がささってた。

最後に、せーのと、心で掛け声をかけた。

そして。
私の目には、もう涙しかなかった。
くどうちゃんの顔が、涙で全然見えなくなった。
そして。やっと、声を出すことができた。

「動いたよね.............?」

その瞬間、くどうちゃんの叫び声とみんなの声が
病室中に響き渡った。
その声は、今でもずっと耳に残ってる。

けれど私は、声が出なかった。
その動きは、数ミリ。
角度にしたら、角度さえ入らない動きかもしれない。
だけど、確かに。
私の足首が、私の力で動いた。
動いたんだ。

現実は受け止めた。
受け止めたうえで、必死にやろうと決めた。
もし、やってもやってもダメなら
その時にまた、考えようと思った。
歩きたい。動きたい。
そのことだけを考えて、邪念を振り払った。
たとえ動かなかったとしても
「ここまでやったんだから」と思える自分。
そこに到達できるように、朝も昼も夜も夜中も。

そして、そんな私に。
先生も、看護士さんも、リハビリも。
みんながみんな、力をかしてくれたんだ。

ダメかもしれないと、何度も何度も思った。
足が残っただけでもいいと思ってた。
だけどやっぱり、時々、いいようのない感情もあった。

でも今。
私の足は、間違いなく動いた。
もう98%ダメだと言われた足が。
その足が、動いたんだ。

みんなが喜んでくれるそばで
私はベットに埋もれて泣いた。
枕を抱いて、そこに顔を埋めて泣いた。

みんなの前では、絶対に泣かないと決めていた。
泣いても、周りは困るだけ。
はれものに触れるようにされるだけ。
そこに、何も答えなくて
解決の糸口はない。

だから、泣きたい時には
「泣いてくる!!」と、宣言をして、霊安室ロビーに行った。
誰もこないからだ。
そこで、声をあげて泣いた。
目が大きく腫れるまで泣いた。
そうやって、処理したんだ。

だけど、今日は違う。
悲しい涙や、怒りの涙はみせないと誓ったけれど
嬉しい涙はいいよね。
みせたっていいよね。
隠すことなんて、ないよね。

ありがとう。
みんなに、ありがとう。
私に関わってくれたひとみんなに
心からありがとうと思った。
私だけの力では、ここにはこられなかったと思う。

そして。
私は、松葉杖を手にとって。
リハビリ室にダッシュした。
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# by akiaki2u | 2008-06-24 13:45 | 入院生活

怒り

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「なめられてんじゃないの」
「もっと言ってやったほうがいい」
「なんで怒らないのよ」

そう言うひとが、たくさんいた。
わかってる。
言われなくてもわかってる。
私だって、言えたらどんなに楽かと思う。
ぶつけるところがあれば、少しかは楽になれると思う。

だけど。

その感情をぶつけると、もっともっと怒りが増す。
もっともっと、やりきれない思いが大きくなる。
辛い。そっちのほうが辛いんだ。

言いたいのに。
ぶつけたいのに。
だけど、我慢しなくてはならない私の今。
みんなに理解してくれとは言わないけれど
私のことを思っての言葉なのはわかっているけれど。

でも、周りにそう言われるたびに
なにか悲しくなった。心が重たくなった。

できるだけ客観的に、自分の状況をみた。
私の個人的な感情を消して消して消しまくって。
けど、それでもやはりひどいものだったと思う。
会社の対応も、運転手の対応も
それは、事故の傷に塩をぬるかのように
傷以外の箇所にも傷をつくるかのように。
決して、悲劇のヒロイン的感情じゃない。

同じ言葉を話す者同士なのに。
同じ国で暮らす者同士なのに。
でも、何もかもが通じない。
通じるものが通じない。
だから、そこに生まれるものは
更に増長された腹立たしさだけ。
通じないひとに、何をどう訴えても通じるわけがない。

足のことを自分自身で乗り越えるために必要な心のバランス。
その大事なバランスを、大きく崩す結果しか生まれない。

だから、ある時期に達するまで。
私は、そこに感情を持つことをいっさいやめたんだ。
いつかやってくる時期。
そこに到達するまで、あの人達に対する苛立ちを
全部脳みそから排除した。
それは、小さな器の私には、簡単なことではなかったけれど
そうしなければ、足に向かっていけなかったんだ。

ひとを憎むことはしたくない。
そこには、何も生まれないからだ。

私はできた人間じゃないから
もし誰かを憎んでしまったら
何もかもを、そのひとのせいにしてしまうかもしれない。
何か不都合なことが起こるたびに
「あいつのせいだ」と思ってしまうかもしれない。
そんな格好悪い生き方はしなくない。

けれど。
怒りは捨てられない。
仮に、あの人達。
私じゃないひとが、私の立場になったとして。
その時にも、おそらく同じ対応しかしないと思う。
そこへの怒り。

もしかしたら私とゆう人間は
怒りをエネルギーにしているのかもしれない。
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# by akiaki2u | 2008-06-21 23:29 | その他



バスにひかれた元バスガイド 復活迄の日々と今を綴ります
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