バスにひかれた私のBLOG

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師走

昨晩。

新しい激痛がきまして。
おそらく、血管がないための
血液の巡りからくるものとは思うのですが...

久々にくじけました~。

今、目がすこし腫れてます。
もう、泣くしかない時があるんですよね。
泣いたところでどーにもならないのですが
どうしていいのかわかんねえ~
もうやだ~
みたいな。

でも。
深夜より、すこしずつ覚醒し
今朝はほぼ完治です。

さて。
あと1日で、新年を迎えます。
私にとっては、毎度綴っていることなのですが
いつものように「1日」が過ぎるだけ。
そのような感覚は今年も同じです。
でも、やはり1月1日。
また、1から始まるとゆうことは
こう、ニューな感じがしますよね。

「ヨス」と、気持ち新たに!!とまでは
残念ながらいかないあまのじゃくですが(笑)
けれど、2008年の反省した点や学んだ点。
そこは、繰り返さないように。
小さいことかもですが、それをしっかりと。
そう思っております。

こっちのブログは。
なんとゆうのでしょうか。
まさに「気分」です。
綴りたいと、本能的に思った時だけなので
また、更新が随分と滞ることもあると思いますが
私の中では、もうひとつのブログは日々のこと。
「あーこんなこともあったな」みたいに
ぶっとんでしまうことも多々綴っているけれど
こっちは、鮮明なもの。
そして、私にとって忘れてはならないことを
残しておくためのものです。

病院で年越しをした時
6人部屋でたったひとりだったあの時。
私は「好き勝手できるし~」と
むしろ喜んでいたのですが。

でも、「なんで正月も病院で...」
そうゆう方々を、たくさん知っています。
私は、最初の入院時以外は
先のみえる病院生活でした。
確かに、手術が成功するか否かは
やってみないと...とゆう面もありましたが
期限がみえていました。

けれど、先のみえない入院生活の中で
年末年始を病院で過ごすとゆうのは
精神的に、本当にしんどいことだと思います。
この世から病は消えないけれど
すこしでも、そうゆうひとが少なくなれば...
とてもおこがましいかもしれませんが
そう思います。


今年の垢は今年のうちに。
来年もよろしくお願い致します。

あげたま
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by akiaki2u | 2008-12-30 10:22 | その他

後遺症

先日。

今の私の足の、現実を知った。
正直、落ちた。
そして、泣いた。

けれど。
考えて考えて、考えるのをやめた。

それは、もうなげやりになったのではない。
考えたところで、答がないからやめたのだ。

現実を考えて、私なりに受け止めて。
そして、思った。
「そうなった時に、また考えよう」
その時に、悩めばいいのだ。

今から。
毎日毎日、そのことを思いながら生活するのは
精神的によくない。
大きなことが起きた時に。
その時に、ちゃんと考えよう。

もちろん。
頭の片隅には、残してある。
私のこの先の、起こりうることだから。
でも、それが。
1年後なのか10年後なのか。
それこそ、神のみぞ知る、なのだ。
医者にも、わからないことなのだ。

先の不安を考えるより
今日の私を考えよう。
明日の私を考えよう。

自分のことは、自分で処理できる。
対、ひとじゃない。
対、私なのだから
私の気持ちひとつなのだ。

対、ひとのことより
ずーっとずーっと楽だよね。
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by akiaki2u | 2008-12-28 22:23 | 後遺症

手術

手術は9回した。
約3年で9回。
最初の半年の入院で、5回やった。

最初の手術時。
意識は全然あったけど
一応、世でゆう重傷とゆう種類だったので
あるほーが不思議とゆう状況。
なので、流れに身を委ねるしかなかったので
手術に対しての、恐怖感などは
ほぼなかったように思う。

そんなことよりも、痛いし寒い。
これからどうなってしまうんだろ、私。
そんな状態を、早く回避したかった。
なので、むしろ。
早く手術してください。
もう、すぐにでもやってください。

そんな心境だったのだと思う。

もしこれが。
状況が違って、1ヶ月後の手術ですよ。
と、いうことならば。
もしかしたら、逆に恐かったかもしれない。
1日1日、少しずつ憂鬱になったのかも。

現に。
手術をしたくても、できない時期。
そんな状態が2度あった時には
毎日がとても重かった。
24時間そうじゃないけれど
心のどこかに、くずぶるものが常にあった。

しかも。
私の手術は、難しい手術とはいえ
命に関わるものではない。
悪性の腫瘍だとか
血液の病気であるとか。

そのような種類ではない。

だから、大丈夫なのだ。
例え、成功率が低くとも
生きる死ぬの問題じゃないのだから。

手術をして、あまりよい結果じゃなかった時も
確かに落ちたけれど
最後にはそう思えた。
そうゆう人達が、たくさん周りにいたから。

手術ができるだけいいのだ。
できる状態なのだ。
したくても、できない時。
したくても、できないひと。

それに比べたら
少しでも先にすすめるのなら。
少しでも良い方向にむかうのなら
どんな手術でも受けたいと思う。

今後。
私にあう、新しい何かの方法がでてくることを願おう。

でも。
術後の、背中からの痛みどめ。
脊髄に入れておくあれ。
あれは嫌だなあ~(笑)。
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by akiaki2u | 2008-12-27 21:51 | 手術

階段

病院で。
14時の検温が終わると
あとはほぼなにもない。
夕食時間の18時がくるまで
見舞いの誰かがこない以外は
本当に何もない。

ベットから動けない時期。
ベットから動いてもよい制限時間。

その時期の私は、当然おとなしかった。
そのへんは、あたりまえだけど、守った。
守らないと、とんでもない危険が待っていると
自分が一番よくわかっていた。

でも、3年と少しの入院の中で。
後半は、ある程度の自由があった。
術後しばらくすると、リハビリの為には
むしろ、歩かないと退化してゆく。

長い付き合いの形成病棟では
もう、私はフリーダムだった。
私の気質をよく理解してくれていた。
なので。

午後、ある程度の時間になると。
勝手に検温し、勝手に院内リハビリに出た。
ベットの上に毎日。

「今日の体温、○○度。
院内リハビリに行ってきます」
とゆう札をかけて、消えた(笑)。

時に。
マジ脱走で、院内にいないこともあって。
院内放送で私の名前が連呼され続け
びびったこともあるけれど(笑)。
でも、ほとんどは、本気でリハビリしてた。

特に、後半の時期。
私のリハビリは、階段だった。

10Fからエレベーターで1Fへ。
そして、ひたすら黙々と階段を昇る。
そう、10Fまで。

それを、何度も何度も何度も。
数え切れないくらいに、繰り返した。

降りる動作はヤバイ。
けれど、昇るには、膝も足首も
負担をかけない昇り方ができる。
それには、ケツ筋なのだ。

とゆうよりも、あの時の私の足は
極端に左だけ細かった。
膝下は仕方が無いとしても
膝上からの、太腿や後側。
全てにおいて、筋力がまるでなくなっていた。

それには、階段を昇るのが
最もてっとり早い。
ケツ筋を意識して、背筋をのばして
背筋を意識して、腕をふって。
太腿の後ろに力を集中して
左右のバランスを考えて。

毎日毎日、階段をあがった。

そうこうしているうちに
左右の太腿が、ほぼ同じ太さになり
息もきれなくなった。
身体が、とても楽になった。

そして。
杖を離せるようになった。

だから。
今でも私は、どこを歩いていても。
昇り階段がある場合は
必ず階段を利用する。

心配してくれるひともいるんだけど
本当に昇りは大丈夫なんだよ。
くだりは、慎重にしないとヤバイけどね(笑)。

けど。
あまりにやりすぎで
一時、太腿がアスリートみたいになったことは
ここだけの話にしといてください(笑)。
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by akiaki2u | 2008-12-25 17:25 | リハビリ

歩調

足に不自由さを抱えているひと。
そのひと達みんながそうとは言わないけれど。
でも、やはり多いんじゃないかな。
そう感じているひと。

私の歩くスピード。
退院当初よりは、随分と早くなった。
だけど、以前の私よりは
全然スロー。
一般的にみても、遅い。

特に、大阪あたりにゆくと
とんでもなく遅い。
どんどんとひとの波が押し寄せてきて
どんどんと追い抜かれてゆく。

そのことに、なんら特別な感情はないだけども
だけど、誰かと一緒の時。

一緒に歩いているひとが
常に私の前を歩いていることがある。
最初は自分のペースで歩いているのだけれど
気づけば無意識に、そのひとのスピードに
追いつこうと必死に歩いている自分がいる時がある。

それはそれで、なんとも思わない。
それでいいと思う。

だけど。
私のペースにあわせて歩いてくれるひと。
そうゆうひとがいると、とんでもなく嬉しい。

言葉には出さないけれど
ちゃんとわかってます。
そして、とてもとても有難いと思ってます。
本当に。

その行為は私にとって
とてもとても大きなもの。
一緒に歩いてくれている気持ちが
足の不自由な私にとって
どれほど大きいものか。

感謝の思いでいっぱいです。
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by akiaki2u | 2008-12-25 01:31 | その他

戻る

私は、やっぱりこれでいいんだ。
そう思えた。

そう思えた瞬間に、何かが変わった。
とゆうか、戻った。

今まで積み重ねたもの。
あの事故で積み重ねたもの。
訴訟で積み重ねたもの。

正直、しんどいことだらけだった。
だけど、投げ出すわけにはいかない。
私のことだから。

そうやって、自分の中に積み重ねたきたもの。
ひとに誇示することじゃなくて
私の中に積んできた結果。
やってきてよかった。
これでよかった。
間違ってなかった。
そんな結果。

私が私でよかった。
私がこの私でいいんだ。
これでいいんだ。

そう思えた積み重ね。
それが、壊れた。
私の積み重ねたものは間違っていたのか。
間違いだったのか。

私は出来ていない人間で。
間違いもたくさん犯す人間で。
だけど、この積み重ねだけは
私の中の、確実に確かなものだった。

だけど、それが壊れた。

どうしていいのかわからなくなった。
自分で自分がわからなくなった。
考えたくなくなった。
ずっと眠っていたい。
逃げたくなった。

でも、先日訪ねた病棟で。
やはり、あの時の私は
あれでよかったんだ。
そう、思えた。

だから。
今、私は決断できたのだ。
自分の気持ちに、やはり正直になろう。
これからも、私が私でいるために。
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by akiaki2u | 2008-12-24 21:05 | その他

病院でクリスマス

目がさめたら
4個のケーキが並んでた。

数年前のクリスマスイヴ。
私は、エキスパンダーの摘出と
植皮部分を覆う手術を受けた。

午後からの手術で
病室で覚醒したのは
確か20時過ぎだったと思う。

酸素マスクがうざくて目が覚めた。
視界の中に、母親がいて
その横の棚に、ケーキが並んでたのだ。

「みんなが、あげたまちゃんのために
食べないでとっておいてくれたよ」
看護士さんが言った。

クリスマスだから。
夕食にケーキが出たのだ。
こんな日だから
6人のうち、2人は外泊でいない。
残りのみんなが
手術明けの私のために
ケーキを食べないでいてくれたのだ。

嬉しかった。
涙がでそうだった。

聴診器で、胃腸の動きを確認した看護士さんが
「食べていいよ」とゴーサインをした。
お腹がすいているのかいないのか。
そんなのはわからない。
そんなことはでどーでもいい。

私は、ただただ無心にケーキを食べた。
術後すぐは、テンションも高い。
何を喋ったのかはよくおぼえてない。
だけど、おいしいおいしいと
ひたすら連呼したのはおぼえてる。

本当は、きっとさほどおいしくないはずだ。
だって、病院食のケーキだもん。
だけど、味なんてどーでもいい。
私には、とてもおいしかったのだ。

そして。
食べ終わった私は
またすぐに眠った。

今でも、あの時のケーキの味は思い出せない。
だけど、あの光景はずっと忘れない。
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by akiaki2u | 2008-12-24 16:06 | 入院生活

エキスパンダー術とは

エキスパンダーでもエクスパンダーでも。
どちらでも、間違いではないらしいです。

私は、自分の足に関して
恥ずかしいとか、みられなくないとか。
そのような感情は全くありません。

むしろ、よくぞ頑張ってくれた、と思っています。

時々、痛みに耐えきれず
泣いてしまったり、イライラしたりすることも
正直あります。
でも、その気持ちに持続性はありません。

なので、別に足の画像を載せても構わないのですが...
別にあえてアップするものでもないわけですよ。
結構グロいものもあるますし(笑)。
ただ。あの時期に、すでに訴訟等を考えていたので
一応、定期的に自分で写真を撮っていました。

実はこのたび。
どこか検索でヒットしたのでしょうか。
エキスパンダーについて質問をいただきました。

なので。
参考になるかどうかはわかりませんが
私が育てていた時期の画像を少しだけ。
人それぞれ症状が違うと思うので
どのような状況になるのかは様々かとは思いますが。
私は医者ではないので、経験でしかお応えできませんが
どうぞ、頑張ってください!!

術後、今より良くなっていることをお祈り致します。
同じ経験者として、心よりそう思います。

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by akiaki2u | 2008-12-19 15:31 | その他

エキスパンダーその2

「マジか...」。

日に日に、そう思うことが多くなった。
皮膚をのばすって、こんな痛いんだ。
なめてたなあ、私。

手術で、足に袋を入れた。
異物感はあるけれど、さほどでもない。
いつかは慣れるさ。
そのうち取り出すんだしさ。
そんなところだった。

けれど。
週に2回程度。
少しづつ少しづつ水を注入し
だんだん膨らみ始めた頃から
皮膚の激痛がやってきた。

と、それ以前にも。

注射器で水を注入するのだけど
この注射が、これまた痛い。

この袋。
要は、浮き輪みたいな口がついてる。
こう、ポコンと飛び出ていて
ぺコンとひっこみますよ、みたいな。

注射器の針を
そのジャストポイントの口に命中させ
ぺコンと口が中にひっこむ。
そして、水が入る。
注射器を抜くと、またポコンと小さな口が浮く。
そんな感じ。
伝わるかしらん(笑)。

とにかく、まずはこの注射が痛い。

そして。
皮膚が無理矢理にのばされてゆく。
なんともいえない痛みが伴う。
だんだん大きくなると
重みで、皮膚がちぎれるような痛みも加わった。

なにせ、ふくらはぎ横に
500mlのぷるぷるした水風船が
くっついているようなものなのだ。
くるぶし横は、結局250mlが限界だった。
皮膚がのびなくなった。

歩くたびに、重みでちぎれそうな感覚。
揺れるたびに痛い。
もちろん、膝から大きく広がった
パンツを履かなくてはならない。

ひとにぶつかったりしたら
それこそヤバイ。
外出を、できるだけ控えて
人込みは避けた。

寝る時。
ふくらはぎを下にすることも
横にすることもできず
ベットを壁につけて、そこに膝をたてて
押し付けるように寝た。
だるくて、何度も起きた。
熟睡したことは、ほぼなかったと思う。
でも、耐えるしかないのだ。

注水が週1に減り
もう、これで限界となってから。
更に1ヶ月待たねばならなかった。
すぐに手術をすると、皮膚が縮むのだそうだ。
少し、熟成させねばならぬらしい(笑)。

冬がきた。
中の水が冷えて
更に足が冷たくなった。
湯船で温めて、水をお湯にしようと思ったけど
それも無駄だった。
せいぜい、ぬるま湯程度。
すぐに冷えた。

われないように
いつもヒヤヒヤしていた。

あ、そうそう。
この手術は成功し。
お陰様で、植皮した箇所の半分弱が
自分ののばした皮膚で覆われた。

ホクロが大きく移動してたよ(笑)。
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by akiaki2u | 2008-12-19 12:05 | 受傷

エキスパンダーその1

背中の筋肉と脂肪の移植ができない。
そう、わかった時。

先生が「エキスパンダー術」とやらを
すすめてくれた。
エキスパンダーとはなんぞや?と思いつつ
私はすぐに「お願いします」と返答した。

これに関しては、以前綴ったけど。

とにかく、すぐに手術内容が変更となった。
点滴袋のようなものを
足の筋肉と皮膚の間に挿入する。
そして、そこに水を注入してゆく。
袋が日に日に大きくなる。
皮膚ものびる。

そして、のびたこの皮膚を
以前植皮した箇所にかぶせる。

つまり。
私の足の半分は、筋肉も脂肪もなく
神経がむきだしのまま。
そこに、太腿からはいだペラペラの皮膚で
覆っているだけ。

神経過敏なんてものじゃない。
ほんの少し何かが触れただけで
信じられないくらいの感覚に陥る。
また、ちょっと。
ほんの軽くぶつけただけで
皮膚がめくれてしまう。
非常に、危険なのだ。

しかも。
足の形もえぐれてる。
明らかに、右とは違う形。

なので。
のばした皮膚で、そこを覆ってしまえば
治るわけじゃないけど。
全く右と同じになるわけじゃないけど。
でも、神経過敏な部分が
大きく減るのだ。
クッションができる。

ただ。
元の皮膚が残っている箇所が
あまりに少なく。
なので、皮膚をのばす範囲にも限界がある。

右足に入れることもできない。
ひっぱって、そのまま覆う術だからだ。
皮膚を、切り離すことはできないのだ。

とにかく。
どの袋のサイズを入れたらよいか。
丸、楕円、四角、三角、長方形。
色々な型や大きさがあった。
ギリギリまで入るサイズを探した。

それが、長方形に近い500mlと
楕円の300ml。

長方形サイズは、ふくらはぎの外側に。
楕円サイズは、外側くるぶしの上に。
そう決まった。

しかし、この時。
私は、このエキスパンダーを
少しなめていたようだ。
この後の数ヶ月。
とんでもない痛みとしんどさが待っていた。
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by akiaki2u | 2008-12-19 09:58 | 受傷



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