バスにひかれた私のBLOG

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弁護士その1

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「できない訴訟など、この世にはありませんよ」

この言葉。弁護士さんからかけられたこの言葉。
これで、私はどれだけ救われただろうか。
涙をこらえるのに、必死だった。

私は会社に対し、2度の訴訟をおこした。
怪我との闘いはしんどかったけれど
ある意味、こちらのほうがしんどいと思える時もあった。

なぜ。

そう感じることが多すぎる。
多すぎたのだ。
まっとうなことが通らない。
全てが「法律ですから」。
それだけで却下される。
納得いかないことが、多すぎた。

そして、その訴訟以前の問題。

最初の訴訟。
会社側の、明らかに不当な行為だった。
まだ入退院を繰り返していた私は
知り合いが紹介してくれた弁護士に
全てをまかせることにした。

そして、2度目の訴訟。

私は、この訴訟の為に、全てを我慢してきた。
どうしても納得がいかないことも
会社の暴言も
運転手の卑劣な行為も。
数年の苦痛なもの全て、この訴訟で解決しようと思ってた。
けれど、面倒なことになってしまったのだ。

会社が、北海道から撤退することになった。
倒産じゃない。撤退。
親会社は、某県でうまく経営しているらしいけど
北海道からは手をひくことにしたらしい。

私の足が、治療の最後を迎え
最終的な後遺症の診断がされるまで
最後の訴訟はできない。
その日を待っている間に
会社がこのような状況になってしまった。

その話を耳にして、ほんの少しはあせったけれど
でも、「親会社は健在だから」。
そう思って、さほど気にもしていなかった。
社長は同じなのだから、問題ないと思ってた。

けれど、それはとてもあさはかな考えで。

ここで詳細は省くけれど
私が訴えることができるのは
あくまでも、所属していた会社と運転手。
会社がなくなってしまえば、それまでだと言うのだ。

そう。
弁護士がそう言ったのだ。
もう、訴える相手がいない。
泣き寝入りしかない。
そう言われたのだ。

そして、しつこくくらいつく私に
「やれというならやりますけど、金はとれませんよ」。
そう言った。

確かに、訴訟した結果、私が得るものはお金。
なくしたものと引き換えに、お金を得る。
が、しかし。
本音をいえば、金なんていらない。
くそくらえだ。
足が返ってくるのなら、金なんて1円もいらない。
金はいらない。足を返せ。
そう思う。

だけど、私のこの足の代償。
それは、決して小さいものではない。
それはやはり、お金で結果を出さなければいけない。

金はとれませんよってなんだよ。
私にとっての訴訟は、それ以前の問題なんだ。
訴訟すること自体に、意義がある。
それが、頑張って生き延びた足に、
私ができる唯一の手段。
そしてあいつらに
全てをぶつける唯一の手段。

気が狂いそうになった。
糸が切れた。
私が私ではなくなった。
死なないけど、死にたくなんかないけど
絶対に死なないけど。
でも、一瞬だけ。
死んでしまいたい。
そう思った自分がいた。

だけど、ここで終わってたまるか。
負けてたまるか。
闘うと、決めたんだ。
へこたれるもんか。

すぐに、違う弁護士を探した。
とにかく、訴訟したかった。
力をかしてくれるひとを、探したかった。
でも、次の弁護士にも裏切られた。

父親の知人の紹介だった。
事情を話したら、すぐに引き受けてくれた。
すごくすごく、ほっとした。
だけど、動いてくれたのは数回だけ。
あとは、何度電話をしても
何度出向いても
居留守を使われた。

難しい訴訟で、面倒な訴訟なのはわかってる。
だけど、私には1日たりとも余裕はない。
そうこうしているうちに、会社は閉鎖した。
そして、その弁護士からも離れた。

もうダメなんだろうか。
私はこのまま、この足を抱えたまま。
会社も運転手も、痛手は何ひとつないまま。
ただのやられ損だけで、終わってしまうのだろうか。

泣いた。
誰にも相談できる問題でもない。
ひとり泣くしかなかった。

けど。
やっぱりこのままじゃ嫌だ。
ひとしきり落ちたあと、決意した。
誰ひとり引き受けてくれる弁護士がいなくても
私ひとりで闘おうと思った。
勝つとか負けるとか。
金とか補償とか。
もう、そんなことはどうでもいい。
このまま黙っているのだけは嫌だ。
私の意志を、しっかりぶつけなければ
私は前に進めない。

そして、もう1度。
自分の力だけで、弁護士を探すことにした。
それでもダメなら、自分だけでやってゆこう。
そう決めた。
そして、私は出会えたのだ。
あの、弁護士さんに。
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by akiaki2u | 2008-07-24 01:17 | 訴訟

できない手術

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「あげたまさん、すみません...」。

医師が謝罪することなんて、滅多にないよ。
そう、看護士さんから何度もきいていた。
その医師から、「すみません」という言葉。
私は何度か、受けたことがある。

私はラッキーだった。
主治医だった形成の先生2人とも、素晴らしい人だった。
自ら、謝罪できる心を持った医師だった。
そして、ある意味。
先生が「すみません」といわざるえないような事柄も
時々発生したのだ。

あれは。
背中の薄く広く長い筋肉と脂肪を、足に移植することとなり
手術のちょっと前に、検査入院したあの日。

様々な検査を受け
消灯となった部屋の暗い天井をみていた時。
「あげたまちゃん、ちょっといい?」。
看護士と先生が部屋に入ってきた。
珍しく2人部屋で、しかももうひとつのベットがあいていたので
その病室には、私しかいなかった。

「あげたまさん。あの...本当にすみません」
「???。先生、何がですか???」
「実は、あげたまさんの足は、動脈が1本ないんです」
「???」
先生、どーゆーこと?

動脈がないってなんだろ。
いや、血管がないってことなのはわかるけど
その意味が、私にはわからなかった。
そして、それがどうゆうことに繋がるのかも。

が。
しばらく先生とお話しをして、理解できた。
つまりは、こうゆうことだ。

下肢膝から下には、3本の動脈がある。
ふくらはぎから左右に1本ずつ、そして真ん中に。
けれど私の足のそれは、内側の1本が
膝からプッツリとない。
切れてしまったのだ。
そうか。だからあんなに出血したんだなあ。
あんなに、輸血もしたんだなあ。
出血死も考えられたとゆうのは、そうゆうことか。

そして。
本来ならば、これから私が受ける手術。
背中の筋肉やら脂肪を、この動脈につなぐ予定だった。
もってきた組織、血管に繋がないと、壊疽してしまう。
けれど、その動脈がない。
ないのだ。

他2本の動脈をひっぱてきて、そこに繋ぐことも可能らしい。
けれどそれをやってしまうと
今後、大きな後遺症に繋がる可能性は拒めない。
また、何かあった時。
もしまた事故にあったりした時。
2本のうちの1本を移植に利用してしまうと
踏ん張りがきかず、すぐに切断となる可能性も高い、と。
そう、説明を受けた。

この日。
私は、造影検査を受けた。
軽い手術の域に入るとゆうことで
入院が必要だった。
その検査にて、血管消失が発覚した。
術後、かなりの期間を経過して
このことがわかったのだ。

とゆうよりも。
最初の担当医師はわかっていたに違いない。
けれど、移動の為、その先生は移動となり
今の医師に引き継いでもらった。
かなり膨大な私のカルテ。
そこまでは、チェックしていなかったのだろう。

先生の「すみません」の意味。
結果、幾つかの意味があったのだろう。

移植をしたら、すごく楽になれると思ってた。
植皮した箇所のつっぱりや痛み。
無数の激痛を伴っていた。
神経もむきだしのようなものだ。
細かく綴ることはやめるけれど
とにかく。
この移植が出来たのなら、私は随分と楽になれる。
本当に待ち望んでいた手術だった。
後遺症も大きい手術ではあったけれど。

でも、できない。
その手術ができない。
痛みが減ることはない。

一瞬、大きく落ちた。

けれど。
例えばそこで泣きわめいたところで
手術ができるはずもない。
先生に怒りをぶつけることは簡単だけれど
その後に残るものは、なにひとつない。
意味がない。
そんなことしても、意味なんかないんだ。

だから。
私はたずねた。

「先生。できないのはわかりました。
血管がないことも理解しました。
それで、他に方法はないのですか」

先生は、即答した。
「あります」と。

そこで初めて、レントゲンやら何やら。
改めて、私の足の現実の説明を受けた。
また、現実だ。
また、抱えるものが増えた。
だけど、今の私は違う。

足が残るか残らないか。
そこを乗り越えることができた今
ちょっとことでは凹んだりしない。
凹んではいられない。
凹んでたまるか。

そして、最後に。
「エクスパンダー術がいいと思います」。
そう、先生が言った。

エクスパンダー?
なんだそれ。
動物の名前?

なんだかよくわからない。
わかるわけないし。
でも、それしかないのだ、きっと。

ちょっとでも可能性があるのなら。
私の中に「NO」はない。
ここで悩んで迷うことに、意味があるとは思えない。
何がなんだかわからないけれど
私の答えは「YES」。
お願いします。

先生は、「わかりました!!頑張りましょう!!」と。
そして、そそくさと部屋を出ていった。
すぐに、準備にとりかかると言ってくれた。

そっか。
エクスパンダーか。
それで頑張るか。

って..................え。
先生、肝心なことを言ってくれなかったじゃん!!
だから...............
エクスパンダーってなにものよーーーーーー!!

ま、いいか(笑)。
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by akiaki2u | 2008-07-23 10:17 | 手術

この季節

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今日は、いささか足が痛みます。
ま、冬のそれに比べたら、ハナクソにもならないけど。

さて。
今年もまた、足を酷使する時期がやってきました。
時々、足が悲鳴をあげるけれど
でも、そこをなんとか調整しながら
踏ん張ってゆく時期ですな。

この世のどこかに、私とまったく同じ症状のひとが
存在しているとしたら。

おそらく、今の私のような仕事は
ほぼしないのではないかと思う。
いや、する気にもならないとゆう感じか。

いえいえ。だから「私、すごいでしょ。頑張ってるでしょ」。
そう言いたいわけではないのです、全然。
言えるほどのことなんか、してませんから。

いくら「足が悪いので助けてね」と、言っていたとしても。
やはり、自分が動かないといけないことのほうが多い。
とゆうよりも、もう勝手に身体が動いてる。
無理はしてないけど、してるみたいな。
今の自分の限界ギリギリまで動いてる、みたいな。

ま、その限界のラインが。
私の場合、ヤバイ位置にあるかもなので(笑)
周囲からしたら、相当無理をしているようにみえるかもな。
とゆうよりも、そもそも限界のライン。
私、あまりよく理解していないのかも。
「あ、ヤバイ」。
そう瞬時に判断した時のみ、ラインを感じているとゆうか。

1昨年。
この話をもらった時に、すぐに「乗ろう」と思った。
そして、試しに乗ってみて、すぐに「やれる」と思った。
とゆうか、「やってみせよう」と思った。
「やらなきゃいかん」と思った。

あの日。
私はある意味、一瞬にして大きなものを失った。
何年もかけて積み重ねてきたものを
一瞬にしてなくしてしまったのだ。

数年の日々の中で、そこは上手に消化したし
新しい何かを、また積み重ねていけばよいと思えていた。

けれど。
やはり、私の中のどこかで。
何かしら、フツフツとしたものがあったらしい。

けれどそれは、「また戻りたい」ではなくて
しっかりと「終わりたい」ということだった。
あの時の自分に、少しでも戻りたい。近づきたい。
決してそうではなくて、あの時の自分としっかりサヨナラしたい。
そういう思いだったのだと、改めて気づいた。

そう。
要は、ケジメ。

長い間、自分なりに必死にやってきたものであり。
それを、中途半端にきられてしまったこと。
そこに、私はフツフツとしたものを抱えていたのだ。
自分から線をひいて離れたわけじゃない。
なんだか、しりきれトンボみたいな。
そんな思いが残っていたのだ。

だから。
再び自分の足で乗務でき
あの時につちかってきたものを、また生かせている自分。
そこに、私は言葉にできない思いがある。

階段の大きな段差。
ゆれる車内。
狭い通路を通ること。
客を呼ぶために走ること。
急がなきゃいけない時。
立ちっぱなしな時。

色々な不安要素はあるけれど
でも、私の中のメンタルは軽い。
仕事でのもろもろはあったとしても
それもある意味、幸せなことなのだ。

だって。
外で働けているのだから。
働ける足があるのだから。

だから私は、全開マックスで
仕事をしなくてはいけない。
する義務があるのだ。
今の自分があることに感謝する意味で。
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by akiaki2u | 2008-07-22 14:50 | その他



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