バスにひかれた私のBLOG

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歩く

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エレベーターのスイッチを押す自分の手が、涙でゆがんで見えた。

装具とゆうかリハビリ靴とゆおうか。
私には、私の足にしかあわないリハビリ靴があった。
私の足の障害にあわせて、できるだけ足りない箇所を補える靴だ。
左右の底の高さが違う。
大きさも違う。
足首まで固定でき、尚且つ植皮部分をこすらない。
そんな靴だ。

でも、その靴があるからといって、私はそれでスタスタと歩いたりはできない。
機能がおいつかないし、外科的な理由もあるし。
まだまだリハビリの時間内でだけでのことだった。
それを履いて、毎日立つ訓練に精を出していた。

そんなある日。
リハビリの先生であるオギーが言った。
「あげたまさん、これで廊下を歩いてみようか。先生には許可とってあるから」。
この先生とゆうのは、整形外科、そして形成外科の先生のことだ。
どちらの先生も、短時間ならとgoサインを出してくれたらしい。

あまりに突然だった。

歩く。私が歩く。全然実感がわかない。
さて、歩くってどうするんだっけ。
右足を出すのはいい。けれど、そこからどうするんだっけ。
左足を出すタイミングは?
お尻の筋肉は?
残った右足は?
腕のふりかたは?

そう。全てがわからなくなっていた。

右手には杖をついた。
心の中で、「いち、に、いち、に」。そう掛け声を自分にかけた。
長い廊下を、少しづつ、そして1歩づつ進み始めた。
なんだかよくはわからないけれど、でも、とりあえず進めた。
ちょっとづつだけど、私は今、自分の足で進めている。

その歩みは子供より遅く、かつての私にはほど遠い。
歩いていると、決して胸をはっていえる姿なんかじゃない。
それは「歩いている」のではなくて、床においているだけ。
右足を出して、そこに左足をそろえてもっていくだけ。
ただそれだけ。

けれど、確かに今、私は自分の足を使えている。
それが例えどんな姿であっても。

そう実感したとたん、急に、何かがこみあげてきた。
いや、何かじゃない。全部だ。今までの全部がこみあげてきた。
切断だと言われた。
歩けないと、自分の力では立てないと言われた。
そんな私が。そんな私の足が、とうとうここまでになったのだ。
なんとか両足で立つまでに、どれだけ時間を要しただろう。
正直、たてるだけでも満足だった私もいた。
ここまででもいいか。あきらめるわけじゃなく、
現実を受け止めようとしている自分もいた。

だけど。
だけど、そんな私の足が、今少しづつ前に踏み出しているのだ。
振り返って、後ろをついてきてくれていたオギーをみたら。
私と同じように、オギーの目も涙でいっぱいになっていた。
私の口からも、そしてオギーの口からも。
お互いに言葉は何もなかった。けれど、全ては通じていた。そう思う。

「明日からは、リハビリに来るときは歩いてきてね。
だから今日は、もう歩いて病室へ戻ってね」。そう最後にオギーは言った。
歩いて戻る?このまま病室へ戻る?

廊下をゆっくり進んだ。
エレベーターに向かって進む。
たくさんのひとが私を追い抜いてゆき、たくさんのひととすれ違う。
その間、たくさんの声ももらった。

「歩けるようになったの!!」
「たてるようになったの!!」
「よかったねよかったね!!」

長い入院の中で、車椅子でかけめぐる私の姿は有名になっていた。
いつの日か、みんなが私の怪我のことを理解してくれていた。
10階まである大きな総合病院の中で、たくさんのひとが私を応援してくれていた。
入院患者さんも、職員さんも、売店のおばちゃんも、食堂のおじさんも。
エレベーターまで辿りつく間に、たくさんのひとが驚きと喜びの声をくれた。

そして。
やっとエレベーターに乗れた私は、10階のボタンを押す。
いつもは、下から手をのばして押していた。
車椅子から押していた。
けれど今の私は、スっと前に手を伸ばし、ボタンを押すことができるのだ。
これが、私の目線だ。これが、私の高さだったんだ。

10階まであがってゆく間。
私は声をあげて泣いた。

10階に着いた私は、しっかり前を向いた。
どんなにぐちゃぐちゃな顔でも、どんなに涙が出ようとも。
私はしっかり進まなくてはいけないのだ。お世話になっている人達の為にも。

詰め所の前で、「リハから戻りました」と声をかけた。
一瞬、そこにいた看護士全員がかたまっていた。
何がどうしたのか。そんな顔をしていた。
そして、しばらくの沈黙のあと。

「キャーーーーー!!」とゆう大きな歓声に、私は包まれた。

病室へ向かう私の背中に、みんなが声をかけてくれた。
「ちゃんと歩けてるよーーー!!」と。
もっともっと涙が出てきた。
足の自由がきくのなら、その場に座りこんで泣きたかった。
だから私は上を向いた。
上を向いて泣いた。
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by akiaki2u | 2007-10-07 14:52 | 受傷

はやさ

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目標があった。
あの時の私には、先へ進むための目標があった。
歩けないと言われた足だったけど、歩く以前での目標があった。

まずは立つこと。自分の足で、装具をつけてなんとか立つこと。
そして進むこと。自分の力で、装具と杖を使いながら進むこと。

それには色々なリハビリが必要で。
またそれ以前に、クリアーしなくてはいけないことが山積みだった。
そして、日々の積み重ねの結果を、私は得るこができた。

けれど。
進むことができた私は、いつのまにか、早く進むことを考えていた。
確実に1歩1歩と思っていたはずだったのに。
進むことができるだけでもスゴイことだと思っていたはずなのに。

トイレに急に行きたくなった時。
信号を渡る時。
寒い時。
いろんな時、いろんなところで「早く。少しでも早く」そう思ったことが
いつのまにか、自分の目標になってしまっていた。

それでも、私の歩みは遅い。
ある日、その遅い私の歩調にあわせて歩いてくれていたひとが言った。

「ゆっくり歩くって、気持ちがいいことなのね」と。

目からウロコだった。
そうだ。そうなのだ。私は何を勘違いしていたのだろう。
早く進むことを求めていた。それが結果になると思っていた。
けれど、歩調を早めることに、何の意味があるのだろう。

地面をしっかり確実に踏むことのほうが大事なのだ。
私の人生とやらの道のりも。
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by akiaki2u | 2007-10-01 22:18 | リハビリ



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