バスにひかれた私のBLOG

カテゴリ:訴訟( 5 )

陳述書

訴訟にあたり。
そうゆうタイトルで。
B5サイズ6枚の、陳述書を作成した。

訴訟を起こしてから月1~2回のペースで
裁判所に足を運ぶ日々が続いた。
向こうは、会社側と運転手側の弁護士のみ。
こちらは、私サイドの弁護士と
常に私も出席した。

この毎回の公判は
私が出席してもしなくても
どちらでもいいもの。
だけど、私のことだ。
紙にかかれたなりゆきだけを追ってゆくだけじゃ
何かが違うと思う。
私のことを、私が見届けなくてはいけないと思い
毎回、私も出席していた。

けれど。
毎回、不満があった。
出るたびに、不満が増えた。
怒りで、テーブルをひっくりかえしたくなる。
巨人の星みたいにできたら
どんなにかスッキリするだろう。

ある日。
納得がいかない私に
弁護士さんが言ったんだ。

「陳述書を提出してみましょうか」。

つまり。
私が思っていること。
伝えたいこと。
公判の中で、疑問に思うこと。
そこは違うと思っていること。
何もかもを、文章にして提出してみては。
と、ゆうことだ。

「結果、どうなるかはわかりません。
でも、やってみませんか」。

私はすぐに「イエス」。
そうこたえた。
でも。
はてさて、陳述書とやらは
どう綴ってゆけばいいのだろう。
不平不満だけを、つらつらと書いたところで
ただの愚痴になってしまうだろう。
私はこんなに辛かったのよと訴えても
悲劇のヒロイン現象になるだけで
よい結果をうむとも思えない。

冷静に、客観的に自分をみて
筋道を通し、キモをつこう。

半日でかきあげたその文章を
すぐにメールで弁護士へ送信した。
多少の言葉直しはされたものの
ほぼ、私の書いたそのものが
陳述書として、提出されることになった。

結果。
納得がいくとはいえないけれど
大きな効果はあった。
私の過失%が、減った。

弁護士さんには。
「素晴らしい。力作です。弁護士なみです」
そう言われた。

そこで。
「もしかしたら、私、弁護士になれんじゃね?」
と、やや本気で調子にのった私です。
ホント、すみません(笑)。
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by akiaki2u | 2009-01-06 14:51 | 訴訟

この時期

この時期になると
思い出すことがある。

いや。
いつもいつも思ってるわけじゃないけども
ぼーんやりと。

「決断しなきゃ...」と悩んでいた時のこと。

1年以上、訴訟には時間がかかってた。
毎回毎回、出廷していたけれど
毎回毎回、納得がいかなかった。

弁護士さんは、とてもよく考えてくれた。
それだけが、救いだった。
それだけで、なんとか進めていた気がする。

誰かに相談できることでもなくて。
口にだすと全てが嫌になりそうで。
ごく親しいひとに、経過は伝えていたけれど
私自身がしっかりしなくてはいけないこと。

そして、あの時。
出さなきゃいけない答も、私自身しか決められない。
考えて考えて。
本能や感情で判断できるものではない。
私が納得のいく答を、出さなくてはいけない。

どうしたらいいんだろう...

途方に暮れそうだった。
放置できたらいいのにと思ったりもしたけど
それこそ後悔するのだ。

そして。
訴訟にピリオドをうつことにした。

気づいたんだ。
私の闘っている相手は
会社と運転手だったはずなのに
いつしか、対法律になっていた。
裁判官のゆうことに、反論している自分だった。

法律がなんだ。
そんなもの、関係ない。
納得ゆくまでやってやる。

そうも思った。
だけど、果たしてこのまま訴訟を続け
私が納得のゆく日がくるのだろうか。
納得のゆく答が、いつか出るのだろうか。
もしかしたら、どんどん逆の気ちが
大きくなってゆくんじゃないか。

そう、納得がゆかないことのほうが
どんどん増えてきていたのだ。

心も頭も重い。
この時期、父親も、どんどん状態が悪くなっていた。
毎晩病院で父の介護をしていても
心の隅に、いつも訴訟のことがあった。

だから。
終わりにした。

そもそもの目的は、訴訟をすることだった。
できないと言われ続けた訴訟を
実現させることだった。

目的は達成した。
そう思うことにしたんだ。

今でも。
「訴訟は納得して終われたの?」
と、きかれると、ノーと応えてる。

もしかしたら。
私はあの時、どんな結果が出たとしても
ずーっと納得がいかなかったかもしれないな。
どうかな。
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by akiaki2u | 2008-12-16 09:54 | 訴訟

弁護士その2

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さてはて。
弁護士を自分で探すといっても
いったいどうしたらいいのだろう。

2度、納得のゆかないパートナーだったから
今度は失敗したくない。
だけど、どうすれば、そこを見極められるのか。

うーん。うーん。うーん。
えーい。もう、とにかく会いまくろう。
波長があわなかったら、また探せばいい。
納得ゆくまで、探せばいいのだ。
そうしよう。それしかない。

弁護士にも、専門分野や得意分野があるだろう。
裁判や訴訟といっても、様々な内容なのだ。
私の場合は、医療も絡んだ損害補償。
そうだ。とにかく、大きい事務所を訪ねよう。
そうゆうところなら、色々なことに強いかもしれない。

ネットで検索して、ヒットしたところを
かたっぱしからチェックした。
そして私は、まず、ある法律事務所を選んだ。
なんだろう、こう、ピンときたのだ。
ここに行ってみようと、勘が働いたのだ。
そして、この勘は大きくあたった。

「今日の夜ならあいています。
それ以外ですと、来月になりますね...」

私はすぐに、イエスと返答した。

この事務所。
1週間に1度、様々な相談を受けてくれるらしい。
ネットでそれを知った私は、すぐに電話をいれた。
そうしたら、言われたのだ。
今日の夜ならあいてますって。

相談時間は、たったの30分。
その間で、どれだけ私の思いを伝えることが
できるだろうか。
その間で、どれだけ今の、そして今までの状況を
把握してもらえるだろうか。


そして。
はたして、訴訟を引き受けてくれるだろうか...。
私は訴訟が、できるのだろうか...。

夜。
私の面談の時間。
ドアをあけた私の前に、その先生はいた。
私は、1冊のファイルを渡した。
そして、まずこう言ったんだ。

「先生、力をかしくれますか」。

私のこの時の状況は、細かく話すと
とんでもなく長くなる。
だから私は、いつこのような場面がきてもいいように
1冊のファイルに、自分の全てをまとめていた。

事故の概要。
手術や、入退院の経過。
これらを、短い年表のように整理しておいた。
それに、今の状況や後遺症、診断書。

そして。
なぜに私が訴訟をせなばならないのか。
なぜに簡単にできないのか。
なぜに訴訟したいのか。

そのような全てを、できるだけわかりやすいように。
すぐに理解してもらえるように、まとめておいた。

いくつか、先生からの質問を受けた。
そして、私の伝えたいことを話す時がきた。
悲しい、つらい、きつい、しんどい、悔しい。
それらの感情をせつせつと訴えるつもりはない。
そんなことを相談するのなら、弁護士じゃなくてもいいんだ。
できるだけ手短に。
できるだけ言葉少なに。
そして、できるだけ的確に。
言葉を選んで、話しをした。

とにかく、先生。
私は訴訟がしたいんです。
できない訴訟だと、言われました。
何もかもが納得いきません。
法律のことは、私にはわかりません。
でも、訴訟がしたいんです。
先生、私に力をかしてもらえますか。
もらえませんか。

先生は、すぐに返答してくれた。
はっきりと、こう応えてくれた。

「あげたまさん。この世に、できない訴訟などありませんよ」

全身の力がぬけていった。
うそ。ホントなの。
私、訴訟ができるの。

1日24時間。
そのことばかりを考えていた。
どんなことがあってもへこまないと決めた。
負けないでやりぬこうと決めた。
強くなろうと決めた。
だけど、それはへこんでいられなかったからだ。
負けてなんかいる場合じゃなかったからだ。
強くならないといけなかったからだ。
だって、自分のことだからだ。

私がやらないで、誰がやる。
私のことは、私がやらねばいけない。
ずっと、そう自分にいいきかせていた。

力がぬけた。
嬉しくて嬉しくて。
まだ勝ったわけじゃないけど
まだ全然入口だけど
でも、負けないでよかったと。
行動に移して、間違いじゃなかったんだと。
涙がでそうなのを、必死にこらえた。

悔しい思いの全てを、私はぶつけることができる。
この何年間の思いを、吐き出すことができる。

「でも、あげたまさん。
悔しい思いも、辛い思いも、たくさんするかもしれません」

そう言われたけれど、それでも私の気持ちは変わらない。
それも、覚悟してる。
簡単じゃないこともわかってる。
だけど、私は絶対に間違っていない。
頑張れる。

そして最後に。
「わかりました。頑張りましょう」
先生は、そう言った。

私のこれからは、一緒に頑張ってくれるひとがいるのだ。
力をかしてくれるひとがいるのだ。
訴訟ができるんだ。

帰りの車内。
私の涙は止まらなかった。
でもその涙は、今までの区切り。
そして、これからの力。

いつか生まれかわったら
私も、弁護士になりたい。
ま、宇宙飛行士や投手や医者にもなりたいけどね(笑)。
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by akiaki2u | 2008-09-10 15:33 | 訴訟

弁護士その1

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「できない訴訟など、この世にはありませんよ」

この言葉。弁護士さんからかけられたこの言葉。
これで、私はどれだけ救われただろうか。
涙をこらえるのに、必死だった。

私は会社に対し、2度の訴訟をおこした。
怪我との闘いはしんどかったけれど
ある意味、こちらのほうがしんどいと思える時もあった。

なぜ。

そう感じることが多すぎる。
多すぎたのだ。
まっとうなことが通らない。
全てが「法律ですから」。
それだけで却下される。
納得いかないことが、多すぎた。

そして、その訴訟以前の問題。

最初の訴訟。
会社側の、明らかに不当な行為だった。
まだ入退院を繰り返していた私は
知り合いが紹介してくれた弁護士に
全てをまかせることにした。

そして、2度目の訴訟。

私は、この訴訟の為に、全てを我慢してきた。
どうしても納得がいかないことも
会社の暴言も
運転手の卑劣な行為も。
数年の苦痛なもの全て、この訴訟で解決しようと思ってた。
けれど、面倒なことになってしまったのだ。

会社が、北海道から撤退することになった。
倒産じゃない。撤退。
親会社は、某県でうまく経営しているらしいけど
北海道からは手をひくことにしたらしい。

私の足が、治療の最後を迎え
最終的な後遺症の診断がされるまで
最後の訴訟はできない。
その日を待っている間に
会社がこのような状況になってしまった。

その話を耳にして、ほんの少しはあせったけれど
でも、「親会社は健在だから」。
そう思って、さほど気にもしていなかった。
社長は同じなのだから、問題ないと思ってた。

けれど、それはとてもあさはかな考えで。

ここで詳細は省くけれど
私が訴えることができるのは
あくまでも、所属していた会社と運転手。
会社がなくなってしまえば、それまでだと言うのだ。

そう。
弁護士がそう言ったのだ。
もう、訴える相手がいない。
泣き寝入りしかない。
そう言われたのだ。

そして、しつこくくらいつく私に
「やれというならやりますけど、金はとれませんよ」。
そう言った。

確かに、訴訟した結果、私が得るものはお金。
なくしたものと引き換えに、お金を得る。
が、しかし。
本音をいえば、金なんていらない。
くそくらえだ。
足が返ってくるのなら、金なんて1円もいらない。
金はいらない。足を返せ。
そう思う。

だけど、私のこの足の代償。
それは、決して小さいものではない。
それはやはり、お金で結果を出さなければいけない。

金はとれませんよってなんだよ。
私にとっての訴訟は、それ以前の問題なんだ。
訴訟すること自体に、意義がある。
それが、頑張って生き延びた足に、
私ができる唯一の手段。
そしてあいつらに
全てをぶつける唯一の手段。

気が狂いそうになった。
糸が切れた。
私が私ではなくなった。
死なないけど、死にたくなんかないけど
絶対に死なないけど。
でも、一瞬だけ。
死んでしまいたい。
そう思った自分がいた。

だけど、ここで終わってたまるか。
負けてたまるか。
闘うと、決めたんだ。
へこたれるもんか。

すぐに、違う弁護士を探した。
とにかく、訴訟したかった。
力をかしてくれるひとを、探したかった。
でも、次の弁護士にも裏切られた。

父親の知人の紹介だった。
事情を話したら、すぐに引き受けてくれた。
すごくすごく、ほっとした。
だけど、動いてくれたのは数回だけ。
あとは、何度電話をしても
何度出向いても
居留守を使われた。

難しい訴訟で、面倒な訴訟なのはわかってる。
だけど、私には1日たりとも余裕はない。
そうこうしているうちに、会社は閉鎖した。
そして、その弁護士からも離れた。

もうダメなんだろうか。
私はこのまま、この足を抱えたまま。
会社も運転手も、痛手は何ひとつないまま。
ただのやられ損だけで、終わってしまうのだろうか。

泣いた。
誰にも相談できる問題でもない。
ひとり泣くしかなかった。

けど。
やっぱりこのままじゃ嫌だ。
ひとしきり落ちたあと、決意した。
誰ひとり引き受けてくれる弁護士がいなくても
私ひとりで闘おうと思った。
勝つとか負けるとか。
金とか補償とか。
もう、そんなことはどうでもいい。
このまま黙っているのだけは嫌だ。
私の意志を、しっかりぶつけなければ
私は前に進めない。

そして、もう1度。
自分の力だけで、弁護士を探すことにした。
それでもダメなら、自分だけでやってゆこう。
そう決めた。
そして、私は出会えたのだ。
あの、弁護士さんに。
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by akiaki2u | 2008-07-24 01:17 | 訴訟

できない訴訟

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入退院を繰り返す中。
私の原動力のひとつにこれがあった。

全ては訴訟で。

そう。どんなに不可解なことや理不尽だと思われることがあっても
どんなに腹ただしく、どんなに納得できなかったとしても
全ては訴訟を起こした時にぶつけよう。
そう思って、自分の中で処理をしてきた。
むしろ「これで私が優位にたつんだ」。
ムカツクことがあるたびに、そう思うようにしていた。

客観的にみて。
事故後の会社や運転手の私に対するものは
とんでもなくありえないものだった。
誠意のかけらも感じられなかった。

「この事故は私の運命」。
そう思った。不思議なくらいに、「なんで私が」とは思わなかった。
が、ヤツラとの接触後のストレスは相当なもので
思いたくないのに、思ってなかったのに
「なんで私が」と、思ってしまうほどの屈辱感に落ちることがあった。

あまりの誠意のない言動に、さすがの医師や看護士も
「説明したんだけど、あのひと達はわかってるのかな.....」と。
ここに綴ることでさえも吐き気がするような対応だったのだ。

怪我にだけ。
後遺症にだけ。
手術にだけ。
入院にだけ。
今の自分にだけ。
今後の自分にだけ。

あの時だけは、そこにだけ向かわせて欲しかった。
そのことだけに集中させて欲しかった。
私の1番大きなストレスは、事故じゃなく
むしろヤツラだったとも思える。

心のバランスを崩しそうになることもあった。
けれど、そこを「訴訟」という形で対処してきた。
全ては最後に。
そう思ってやってきたんだ。

だけど。
そんな会社が北海道から撤退することになった。
弁護士には「訴訟できない」と言われた。

運転手が行方不明から戻り、またのうのうと
観光バスの運転手に戻ったことを知った。

全てをここに。
そう思ってやってきたのに、訴訟ができないのか。
私はただひかれ、ただ耐え、ただただ後遺症と付き合ってゆく。
命ギリギリだったことも、明らかに運転手のミスだったことも
会社の手続きを全て怠っていたことも
不正に私の金をひっぱっていたことも。
全ては訴訟で解決しようと思ってやってきたのに。

私は。
生まれて初めて、心の底からひとを憎んだ。
生まれて初めて、怒りで全身が震えた。

でも思った。
これで終わってたまるか。
そう。このぶんもぶつけてやるんだ。

そして決めた。
日本中の弁護士が「訴訟できない」と言っても
私がやってやる、と。
自分のために。

私が、更にひとかわむけた瞬間だったと思う。
自分が自分として成り立つために
私はまた、ここから這い上がらねばならない。
その日から、私は弁護士探しに翻弄した。
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by akiaki2u | 2007-12-06 10:46 | 訴訟



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