バスにひかれた私のBLOG

カテゴリ:リハビリ( 2 )

階段

病院で。
14時の検温が終わると
あとはほぼなにもない。
夕食時間の18時がくるまで
見舞いの誰かがこない以外は
本当に何もない。

ベットから動けない時期。
ベットから動いてもよい制限時間。

その時期の私は、当然おとなしかった。
そのへんは、あたりまえだけど、守った。
守らないと、とんでもない危険が待っていると
自分が一番よくわかっていた。

でも、3年と少しの入院の中で。
後半は、ある程度の自由があった。
術後しばらくすると、リハビリの為には
むしろ、歩かないと退化してゆく。

長い付き合いの形成病棟では
もう、私はフリーダムだった。
私の気質をよく理解してくれていた。
なので。

午後、ある程度の時間になると。
勝手に検温し、勝手に院内リハビリに出た。
ベットの上に毎日。

「今日の体温、○○度。
院内リハビリに行ってきます」
とゆう札をかけて、消えた(笑)。

時に。
マジ脱走で、院内にいないこともあって。
院内放送で私の名前が連呼され続け
びびったこともあるけれど(笑)。
でも、ほとんどは、本気でリハビリしてた。

特に、後半の時期。
私のリハビリは、階段だった。

10Fからエレベーターで1Fへ。
そして、ひたすら黙々と階段を昇る。
そう、10Fまで。

それを、何度も何度も何度も。
数え切れないくらいに、繰り返した。

降りる動作はヤバイ。
けれど、昇るには、膝も足首も
負担をかけない昇り方ができる。
それには、ケツ筋なのだ。

とゆうよりも、あの時の私の足は
極端に左だけ細かった。
膝下は仕方が無いとしても
膝上からの、太腿や後側。
全てにおいて、筋力がまるでなくなっていた。

それには、階段を昇るのが
最もてっとり早い。
ケツ筋を意識して、背筋をのばして
背筋を意識して、腕をふって。
太腿の後ろに力を集中して
左右のバランスを考えて。

毎日毎日、階段をあがった。

そうこうしているうちに
左右の太腿が、ほぼ同じ太さになり
息もきれなくなった。
身体が、とても楽になった。

そして。
杖を離せるようになった。

だから。
今でも私は、どこを歩いていても。
昇り階段がある場合は
必ず階段を利用する。

心配してくれるひともいるんだけど
本当に昇りは大丈夫なんだよ。
くだりは、慎重にしないとヤバイけどね(笑)。

けど。
あまりにやりすぎで
一時、太腿がアスリートみたいになったことは
ここだけの話にしといてください(笑)。
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by akiaki2u | 2008-12-25 17:25 | リハビリ

はやさ

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目標があった。
あの時の私には、先へ進むための目標があった。
歩けないと言われた足だったけど、歩く以前での目標があった。

まずは立つこと。自分の足で、装具をつけてなんとか立つこと。
そして進むこと。自分の力で、装具と杖を使いながら進むこと。

それには色々なリハビリが必要で。
またそれ以前に、クリアーしなくてはいけないことが山積みだった。
そして、日々の積み重ねの結果を、私は得るこができた。

けれど。
進むことができた私は、いつのまにか、早く進むことを考えていた。
確実に1歩1歩と思っていたはずだったのに。
進むことができるだけでもスゴイことだと思っていたはずなのに。

トイレに急に行きたくなった時。
信号を渡る時。
寒い時。
いろんな時、いろんなところで「早く。少しでも早く」そう思ったことが
いつのまにか、自分の目標になってしまっていた。

それでも、私の歩みは遅い。
ある日、その遅い私の歩調にあわせて歩いてくれていたひとが言った。

「ゆっくり歩くって、気持ちがいいことなのね」と。

目からウロコだった。
そうだ。そうなのだ。私は何を勘違いしていたのだろう。
早く進むことを求めていた。それが結果になると思っていた。
けれど、歩調を早めることに、何の意味があるのだろう。

地面をしっかり確実に踏むことのほうが大事なのだ。
私の人生とやらの道のりも。
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by akiaki2u | 2007-10-01 22:18 | リハビリ



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