バスにひかれた私のBLOG

カテゴリ:受傷( 13 )

痛みの種類

「ふ」と思う。

変化したなー。

そう、思う。
あることはあるんだけど
過去のものとは違うんだ。
消えたものもあれば
増えたものもある。
あっちのは消えたけど
こっちには増えた。
つくづく
人間の構造っておもしろい。

受傷してから今まで。
「痛みってこんなに種類があるんだ」と
そう、つくづく思うのだ。

事故にあうまで
わたしが感じたことのある痛みは
「いったー」という
瞬間的にがーっとくる痛み。
いわゆる
ドアに指を挟めたとか
ナイフで指で切ってしまったとか
どこかにどこかを強打したとか。
重たいものでも
「歯が痛い」。
「お腹が痛い」。
たまーに
「頭が痛い」。
そんなものしか、感じたこと
なかったんじゃないかと思う。

でも、受傷してみて。
「あれは痛みじゃなかったのな」と
そう実感するのだ。

当然、事故にあった瞬間は
もう、言葉に出来ないほどの
痛みを超越したものだった。
そりゃそーっか。
バスにひきずられて踏まれて
ぐちゃぐちゃになってたんだから。

でも、そこは
あまりの昇天さに
もう、よくわかんないレベルであって。

リアルに思い出されるのは、その後。
救急車で運ばれているあたりからだ。
ちょっとでも車がゆれるだけで
「殺してくれーっ」と思うほど。
いや、実際死んじゃうのは無理だけど
そんくらい。
そう思うくらいに、マジ激痛。

手術前の脊髄への注射も。
寝たきりだった時の身体の痛みも。
動脈の血流の悪さも。
神経むきだしの感覚過敏も。
恐ろしいくらいの鈍痛も。
眠れないくらいの激痛も。
筋肉の硬縮の感覚も。
リハビリでの訓練も。
処置されている間の時間も。
もう、あれもこれも
全てにおいて、痛みが伴った。

つまり
なにをやっていても痛みが付帯してて
あちこちに違う痛みが走る。

声に出したい痛みもあれば
呼吸さえ苦しくなるものもあって
横になっていても消えないものも
黙っていることさえ苦痛なものも。
とにかく
痛みって、無限なのだ。

きりきり。
じくじく。
がんがん。
ぴりぴり。
びりびり。
ちくちく。
ずきずき。
どんどん。

そして

ぎゃー。
ひえー。
くぅー。
きぃー。
ああー。
うおー。
ふぅ。
はあ。

心の叫びでもあり
声に発することもあり。
瞬時にくるものも含めると
もう、とんでもない。
痛みってとんでもなく多種なのだ。

「どう痛いですか」
「どう感じますか」

そう、医師に問われるたびに
どんどん、自分の痛み表現語の
キャパが広がってゆく。
そして、改めて思う。

日本語ってすげえ。

どんだけ表現できるのよって話。
どんだけ伝えられるのよって話。
そんなところで

日本人でよかったかも。

そう、感じたものさ(笑)。
ビバ、ジャパニーズ。
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by akiaki2u | 2010-09-17 10:18 | 受傷

写真

「よく頑張りましたね」

普段とっても無口な先生に
ポツリと優しく
そう言葉にされた時。
わたしの目から
ボロボロと涙がこぼれ
感情をおさえることが
できなかった。
おさえようとも思わなかった。

最初の数ヶ月の入院。
春が終わり夏が終わり
気づけば秋になっていた。

明日、退院かあ。

また、ちょっとしたら戻ってくる。
こことの縁は
まだまだ続く。
けれど、大きなひと区切り。
難しかった試験を終え
卒業するみたいな気分。

とても濃い毎日で
新しい経験ばかり。
悲しくて辛くて
痛くて苦しくて。
だけど
嬉しいことも
楽しいことも。
嫌なことばかりなんかじゃなかった。

そんな
退院当日。
わたしは、写真の束を
みせてもらったんだ。
救急車で運ばれてから
ゆっくりでも
自分の足で前に進めるようになった
この日まで。
形成外科の治療では
毎日毎日
わたしの足の写真を撮っていた。

「吐きそうになるかもしれませんよ」

わたしが
写真を全てみせて欲しいと
そう、先生にお願いした時に
いわれた言葉。
けれど
これがわたしのリアルなんだ。
現実なんだ。
全ての経過をみて
ようやく本当の
区切りがつくんじゃないかって。
そう、思ったんだ。

当日の朝。
ベッド周りを片付けて
最後の診察へ。
そして、みた。

先生が
ポラロイドの束を
そっと渡してくれた。
わたしはゆっくりと
1枚1枚。
確認しながらみていった。

ひどい。
こんな足だったんだ。
すごい。
こんな状態だったんだ。

事故直後に
自分の足はみたけれど
悲鳴をあげた瞬間に
画像がぶっとんだ。
あまりにひどくて
死んじゃうかもしんないと
感じたことはおぼえてる。
けれど、足のリアルは
あまりのショックに
鮮明ではない。

だから
改めて写真でみて
そして
再確認した。
再認識した。

わたしは、今で幸せなんだ。
こんな足になってしまった...
なんかじゃない。
ここまでの足に
してもらったんだ。
この先生や
看護士さんや
たくさんのサポートのおかげで
今のわたしがあるんだ。

嘆くことじゃない。
悔やむことじゃない。
感謝すること。
そして
前にすすむこと。
わたしがすることは
それだ。

そして先生の言葉。

色々な感情が交差して
わたしは涙を
とめることができなかった。
そして
今は泣いてもいいよな。
そう思った。

今現在
やっぱりしんどくて
どうしようもない日もある。
けれど
すすむことを
前にすすむことを
やめようと思ったことは
1度もない。
立ち止まることはあっても
後ろを向くことはない。

これが
わたしの運命なのだから。
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by akiaki2u | 2010-04-28 22:02 | 受傷

エキスパンダーその2

「マジか...」。

日に日に、そう思うことが多くなった。
皮膚をのばすって、こんな痛いんだ。
なめてたなあ、私。

手術で、足に袋を入れた。
異物感はあるけれど、さほどでもない。
いつかは慣れるさ。
そのうち取り出すんだしさ。
そんなところだった。

けれど。
週に2回程度。
少しづつ少しづつ水を注入し
だんだん膨らみ始めた頃から
皮膚の激痛がやってきた。

と、それ以前にも。

注射器で水を注入するのだけど
この注射が、これまた痛い。

この袋。
要は、浮き輪みたいな口がついてる。
こう、ポコンと飛び出ていて
ぺコンとひっこみますよ、みたいな。

注射器の針を
そのジャストポイントの口に命中させ
ぺコンと口が中にひっこむ。
そして、水が入る。
注射器を抜くと、またポコンと小さな口が浮く。
そんな感じ。
伝わるかしらん(笑)。

とにかく、まずはこの注射が痛い。

そして。
皮膚が無理矢理にのばされてゆく。
なんともいえない痛みが伴う。
だんだん大きくなると
重みで、皮膚がちぎれるような痛みも加わった。

なにせ、ふくらはぎ横に
500mlのぷるぷるした水風船が
くっついているようなものなのだ。
くるぶし横は、結局250mlが限界だった。
皮膚がのびなくなった。

歩くたびに、重みでちぎれそうな感覚。
揺れるたびに痛い。
もちろん、膝から大きく広がった
パンツを履かなくてはならない。

ひとにぶつかったりしたら
それこそヤバイ。
外出を、できるだけ控えて
人込みは避けた。

寝る時。
ふくらはぎを下にすることも
横にすることもできず
ベットを壁につけて、そこに膝をたてて
押し付けるように寝た。
だるくて、何度も起きた。
熟睡したことは、ほぼなかったと思う。
でも、耐えるしかないのだ。

注水が週1に減り
もう、これで限界となってから。
更に1ヶ月待たねばならなかった。
すぐに手術をすると、皮膚が縮むのだそうだ。
少し、熟成させねばならぬらしい(笑)。

冬がきた。
中の水が冷えて
更に足が冷たくなった。
湯船で温めて、水をお湯にしようと思ったけど
それも無駄だった。
せいぜい、ぬるま湯程度。
すぐに冷えた。

われないように
いつもヒヤヒヤしていた。

あ、そうそう。
この手術は成功し。
お陰様で、植皮した箇所の半分弱が
自分ののばした皮膚で覆われた。

ホクロが大きく移動してたよ(笑)。
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by akiaki2u | 2008-12-19 12:05 | 受傷

エキスパンダーその1

背中の筋肉と脂肪の移植ができない。
そう、わかった時。

先生が「エキスパンダー術」とやらを
すすめてくれた。
エキスパンダーとはなんぞや?と思いつつ
私はすぐに「お願いします」と返答した。

これに関しては、以前綴ったけど。

とにかく、すぐに手術内容が変更となった。
点滴袋のようなものを
足の筋肉と皮膚の間に挿入する。
そして、そこに水を注入してゆく。
袋が日に日に大きくなる。
皮膚ものびる。

そして、のびたこの皮膚を
以前植皮した箇所にかぶせる。

つまり。
私の足の半分は、筋肉も脂肪もなく
神経がむきだしのまま。
そこに、太腿からはいだペラペラの皮膚で
覆っているだけ。

神経過敏なんてものじゃない。
ほんの少し何かが触れただけで
信じられないくらいの感覚に陥る。
また、ちょっと。
ほんの軽くぶつけただけで
皮膚がめくれてしまう。
非常に、危険なのだ。

しかも。
足の形もえぐれてる。
明らかに、右とは違う形。

なので。
のばした皮膚で、そこを覆ってしまえば
治るわけじゃないけど。
全く右と同じになるわけじゃないけど。
でも、神経過敏な部分が
大きく減るのだ。
クッションができる。

ただ。
元の皮膚が残っている箇所が
あまりに少なく。
なので、皮膚をのばす範囲にも限界がある。

右足に入れることもできない。
ひっぱって、そのまま覆う術だからだ。
皮膚を、切り離すことはできないのだ。

とにかく。
どの袋のサイズを入れたらよいか。
丸、楕円、四角、三角、長方形。
色々な型や大きさがあった。
ギリギリまで入るサイズを探した。

それが、長方形に近い500mlと
楕円の300ml。

長方形サイズは、ふくらはぎの外側に。
楕円サイズは、外側くるぶしの上に。
そう決まった。

しかし、この時。
私は、このエキスパンダーを
少しなめていたようだ。
この後の数ヶ月。
とんでもない痛みとしんどさが待っていた。
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by akiaki2u | 2008-12-19 09:58 | 受傷

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何にでもあてはまる気がする。

現実は現実だってこと。
現実は変わらない。
きっちりと受け止めなきゃいけない。
じゃないと、前には進めない。

受け止め方はひとそれぞれだと思うから
「こうやって受け止めろ」とは、私には言えない。
でも、「受け止めることが必要だ」とは言える。
私が思いっきり経験したことだからだ。

足がなくなるかもしれない。
もう歩けない。

いくら考えても、この現実は変わらない。
悩んで悲しんで泣いてみても、現実は現実なのだ。
「なぜに私が」と悩むよりも
「どうしてこんなふうに」と嘆くよりも
「どうやったら私はこの現実を受け止められるのか」と悩んだほうがいい。

考えても変わらない現実を思うより
その現実を自分のものにできるように頭を使う。
それが、本当は1番楽なことなんじゃないか。

たくさんのひとから相談を受けた。
なぜに、そんなふうに思えるのか、と皆が言った。
確かにそう思えるといいけれど、自分はまだそこまでには行けない。
そう言う返答が多かった。
悲しかった。

そこに行けないんじゃなくて、行かなくてはいけないんじゃないか。
そう思いたいとか、そう思えるといいとかそんなじゃなくて
そう思う努力をしなくてはいけないんじゃないか。
自分が前に進みたいのなら、これしかない。
私はそう思う。
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by akiaki2u | 2007-11-03 18:44 | 受傷

歩く

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エレベーターのスイッチを押す自分の手が、涙でゆがんで見えた。

装具とゆうかリハビリ靴とゆおうか。
私には、私の足にしかあわないリハビリ靴があった。
私の足の障害にあわせて、できるだけ足りない箇所を補える靴だ。
左右の底の高さが違う。
大きさも違う。
足首まで固定でき、尚且つ植皮部分をこすらない。
そんな靴だ。

でも、その靴があるからといって、私はそれでスタスタと歩いたりはできない。
機能がおいつかないし、外科的な理由もあるし。
まだまだリハビリの時間内でだけでのことだった。
それを履いて、毎日立つ訓練に精を出していた。

そんなある日。
リハビリの先生であるオギーが言った。
「あげたまさん、これで廊下を歩いてみようか。先生には許可とってあるから」。
この先生とゆうのは、整形外科、そして形成外科の先生のことだ。
どちらの先生も、短時間ならとgoサインを出してくれたらしい。

あまりに突然だった。

歩く。私が歩く。全然実感がわかない。
さて、歩くってどうするんだっけ。
右足を出すのはいい。けれど、そこからどうするんだっけ。
左足を出すタイミングは?
お尻の筋肉は?
残った右足は?
腕のふりかたは?

そう。全てがわからなくなっていた。

右手には杖をついた。
心の中で、「いち、に、いち、に」。そう掛け声を自分にかけた。
長い廊下を、少しづつ、そして1歩づつ進み始めた。
なんだかよくはわからないけれど、でも、とりあえず進めた。
ちょっとづつだけど、私は今、自分の足で進めている。

その歩みは子供より遅く、かつての私にはほど遠い。
歩いていると、決して胸をはっていえる姿なんかじゃない。
それは「歩いている」のではなくて、床においているだけ。
右足を出して、そこに左足をそろえてもっていくだけ。
ただそれだけ。

けれど、確かに今、私は自分の足を使えている。
それが例えどんな姿であっても。

そう実感したとたん、急に、何かがこみあげてきた。
いや、何かじゃない。全部だ。今までの全部がこみあげてきた。
切断だと言われた。
歩けないと、自分の力では立てないと言われた。
そんな私が。そんな私の足が、とうとうここまでになったのだ。
なんとか両足で立つまでに、どれだけ時間を要しただろう。
正直、たてるだけでも満足だった私もいた。
ここまででもいいか。あきらめるわけじゃなく、
現実を受け止めようとしている自分もいた。

だけど。
だけど、そんな私の足が、今少しづつ前に踏み出しているのだ。
振り返って、後ろをついてきてくれていたオギーをみたら。
私と同じように、オギーの目も涙でいっぱいになっていた。
私の口からも、そしてオギーの口からも。
お互いに言葉は何もなかった。けれど、全ては通じていた。そう思う。

「明日からは、リハビリに来るときは歩いてきてね。
だから今日は、もう歩いて病室へ戻ってね」。そう最後にオギーは言った。
歩いて戻る?このまま病室へ戻る?

廊下をゆっくり進んだ。
エレベーターに向かって進む。
たくさんのひとが私を追い抜いてゆき、たくさんのひととすれ違う。
その間、たくさんの声ももらった。

「歩けるようになったの!!」
「たてるようになったの!!」
「よかったねよかったね!!」

長い入院の中で、車椅子でかけめぐる私の姿は有名になっていた。
いつの日か、みんなが私の怪我のことを理解してくれていた。
10階まである大きな総合病院の中で、たくさんのひとが私を応援してくれていた。
入院患者さんも、職員さんも、売店のおばちゃんも、食堂のおじさんも。
エレベーターまで辿りつく間に、たくさんのひとが驚きと喜びの声をくれた。

そして。
やっとエレベーターに乗れた私は、10階のボタンを押す。
いつもは、下から手をのばして押していた。
車椅子から押していた。
けれど今の私は、スっと前に手を伸ばし、ボタンを押すことができるのだ。
これが、私の目線だ。これが、私の高さだったんだ。

10階まであがってゆく間。
私は声をあげて泣いた。

10階に着いた私は、しっかり前を向いた。
どんなにぐちゃぐちゃな顔でも、どんなに涙が出ようとも。
私はしっかり進まなくてはいけないのだ。お世話になっている人達の為にも。

詰め所の前で、「リハから戻りました」と声をかけた。
一瞬、そこにいた看護士全員がかたまっていた。
何がどうしたのか。そんな顔をしていた。
そして、しばらくの沈黙のあと。

「キャーーーーー!!」とゆう大きな歓声に、私は包まれた。

病室へ向かう私の背中に、みんなが声をかけてくれた。
「ちゃんと歩けてるよーーー!!」と。
もっともっと涙が出てきた。
足の自由がきくのなら、その場に座りこんで泣きたかった。
だから私は上を向いた。
上を向いて泣いた。
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by akiaki2u | 2007-10-07 14:52 | 受傷

大丈夫

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「大丈夫」

私は、何度も何度もこの言葉を繰り返した。
何が何だかわからないけれど、でも、私は大丈夫。
事故現場でも、救急車でも、救命センターでも。
ドライバーにもガイドにも親にも友人にも彼氏にも医師にも看護士にも。
とにかく、運ばれて、手術を受けて覚醒するまで。
私は、この言葉を吐き続けた。

「私は大丈夫」。
本当にそう思っていたし、また、自分で自分にも言いきかせていた。
決して強がりなんかじゃない。
そうしないといけない、そう思っていたわけでもない。
強く、そう思っていたのだ。単純に。

けれど。
術後の経過、術後の自分、術後の周りの対応や環境。
そういったものを受け止めてゆくうちに、言えなくなった。
「大丈夫」とは言えない自分がいた。
だって、大丈夫じゃなかったから。

とはいえ、大丈夫じゃないかといえば、それとも違う。
不安や辛さや悲しさや悔しさ。
そういったもので押しつぶされそうになっていたかといえば
それもまた違う。

要するに、その一瞬しか考えなくなった。
その時すべきこと、その時考えなくてはいけないこと。
それしか脳裏に浮かばなくなったのだ。
多分、もともとの私の性質だとは思うのだけれど
さらにその部分が加速したと思える。

足は大丈夫じゃない。明らかにヤバイのだ。
けれど、私のハートは以外にもヤバイ域には入らなかった。
今の足は大丈夫なんかじゃない。
でも、明日はどうだ。あさってはどうだ。
良くなるかもしれない、悪くなるかもしれない。
確かに、悪くなる可能性が大きいのだろう。
でも、だけど。やっぱり先のことは誰にもわからない。
大丈夫じゃなかったら。そう考えて、今の自分までもが大丈夫ではなくなる。
それは避けたい。避けなくてはいけない。

ならば、今、この時のことだけをみていよう。みていこう。
大丈夫じゃないとか、大丈夫だとか。
そんな言葉は、今の私には無意味なのだ。

そして私は、生活する人生ではなく
生きる人生を送りたいと、強く思ったのである。
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by akiaki2u | 2007-08-04 14:26 | 受傷

寒さ

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「気絶していたら、出血多量のショック死も考えられましたよ」

........?マジっすか?
後からになって、医師からきいたこの言葉。
その時にあらためて、「やっぱ私は相当やばかったのか」。そう実感した。
え、遅い(笑)?

でもそりゃそうか。
ほぼちぎれそうな足だったわけで、スネ以外はぐちゃぐちゃだったわけで
動脈もいっちゃってたわけで。あんだけ出血していたら、そりゃそうか。
気絶すると、もっともっと血がいっきに流れでてゆくらしい。
起きていると、力が入ってギュっと血管もなかなか頑張るんだってさ。

寒かった。とにかく寒かった。
でもそれは、冬の寒さで感じる「さむっ」とゆうのとは違う。
急に熱があがってきて「さむっ」と感じるあれとも違う。
海やプールからあがって「さむっ」と思うものとも違う。
違う寒さだったのだ。
なんとゆうか、ある意味、少し心地よい感じともいえるかもしれない。
フワーっとするような。

けれど、救急車の中で感じた寒さはまた違った。
タンカで運ばれ、そのまま車内に寝かされた。
隊員のひとが、矢次のように私に質問をする。
時には、何度も何度も同じ質問を繰り返す。

「なんでおんなじこときくのかね」

そう思っていたけれど、これは質問内容にはきっと意味はなくて
私の何かを刺激してくれていたのだろう、そう思う。

私の身体の上には、青いビニールシートがかかっていた。
顔を少しあげると、両足の指先だけがみえた。
私はこれで、「よかった。足がついてる」。
そう、あらためて判断した。

が、いかんせん寒い。
私には足が見えないような角度でシートをめくり
何度も何度も水をかける。
足にかけているのだろうとは思うけれど、肩の下あたりまで
その水が流れてくる。

寒い寒い寒い。ガタガタと震えてくる。
けれど、これもまた治療のひとつ。
今思えば、こういった行為のひとつひとつがかみあって
今の私があるのだ。

救急車が病院に着いた。
タンカごと降りた私を、数人の医師や看護士が待っており、
ダッシュでベットごと運ばれた。
ベットの両脇を、白衣を着た人達があわてて押していた。
その光景は、まるであの当時によくみていた
ドラマの「ER」のようだった。
そして私はそのドラマのように、救急救命センターへと運ばれたのである。
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by akiaki2u | 2007-08-02 10:42 | 受傷

事故について その3

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何度も何度も叫んだ。運転手の名前を、何度も叫んだ。

けれど、バスはバックし続けた。
とうとう、大きなタイヤが私の足を踏み、そして乗り越えた。
意識がはっきりしていた私の心臓と脳みそは、今まで感じたことのないものになっていた。

そして。
やっと、バスが止まったのは、運転手が「何か缶でも踏んだかな」。
そう思って、一応確認しようとしたから、らしい。
つまり、私の足を空き缶か何かだと思ったようだ。
後日、他の運転手達が言っていた。「ねずみがタイヤに絡んでも違和感があるのに」と。
今言っても遅い話だが、ここまで気がつかなかったことが不思議でならない。
しかし、事故というのは、そうゆうものなのかもしれない。
それで済む問題じゃないけど、全然。

のらりくらりとバスから降りてきた運転手が、私の名前を叫んだと同時に。
私の耳には、たくさんの悲鳴がきこえてきた。
いったい、この数分の間に何が起こったのだろうか。
ほんのついさっき、私は普通に歩いていたのだ。
こんなことになるなんて、こんなことが待っているなんて、
0,1%も想像していなかった。
今、私はどうなっているのだろう。

誰かが、私をバスから少しひきずりだし、身体を上に向かせてくれた。
私の視界には、広い曇り空が広がった。
ポツポツと、雨が顔にあたる。

もしかしたら、私の足はついていないのではないだろうか。

痛みなどとゆう範囲を超えた、たとえようのないものが襲ってきた。
ここから私の闘いが始まり、新しい人生への幕開けが始まったのだ。
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by akiaki2u | 2007-07-10 14:01 | 受傷

事故について その2

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いったい何が起こっているのだろう。

あまりの一瞬の出来事に、私は、自分の今を把握することができなかった。
何これ何これ。そしてすぐに、タイヤがグンと動いた。バスの大きなタイヤが動いた。
しかも、私のすぐ横で。

バスの下に入った私だったけど、かろうじて顔や肩は出ていた。
いや、正確にいえば、どの程度出ていたのかはよくわからない。
ただ、やけに視線が低く、アスファルトが近かったのは鮮明だ。
うつぶせに近い体勢だった。手のひらは、地面についてはずだ。

運転手が、全く前方を見ていなかったのだ。
誘導していたガイドのホイッスルも、彼女が私の名前を絶叫したのも
「止まって」とゆう言葉を、悲鳴のように叫び続けていたのも。
運転手には、その何ひとつも聞えていなかったようだ。
車体の頭をふって切り替えて、そしてバックしようとしていたらしい。
最初にバックしていたラインでは、うまく駐車できないと判断しての行為なのだろう。

頭をふった時に、背後から私に追突し、そして切り替えてバック。
そう、私の左足は、そのタイヤとアスファルトに挟まれてしまった。
タイヤよりにあった右足は、とっさにグっとひいたようだ。折り曲げるように。

バスはバックをし始めた。
それでもまだ私は、まるで夢でもみているかのような感覚だった。
私がバスにひきずられている。さっきまでそこをスタスタ歩いていたのに
なぜだかわからないけれど、今はバスにひきずられているのだ。
声を出したい。大声で叫びたい。でも、なんでだろう。声がでない。
「止めて」。そう声にしたい。でも出ない。

いったい、どのくらいの距離をひきずられたのだろう。
いや、とてつもなく長い距離ではない。けれど、まるでスローモーションのように
その時間が長く、そして遅く感じていた気がする。そんな記憶が残っている。
が、突然。「ふ」と、我に返った。これは夢ではない。夢なんかじゃないんだ。
私は今、大変なことになっているんだ。

そう思えた瞬間、私は悲鳴をあげていた。
どうゆう言葉を発したかはわからない。
でも、何度も何度も。心の底から何度も、私は運転手の名前を叫んだ。
それははっきりと憶えている。
だけれど。バスはすぐには止まってはくれなかった。
私の声も、誘導していたガイドの声も。彼の耳には届いていなかったのだ。
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by akiaki2u | 2007-07-10 01:39 | 受傷



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