バスにひかれた私のBLOG

カテゴリ:手術( 10 )

大失敗

「ちょっと、あげたまちゃんっ!!」。

怒られました。
2度も怒られた。
そりゃそーだ。
さすがのわたしも
「こりゃ、ミスった」と反省しきり。
でも、反省したところで
もー遅い。
わたしは反省しながら
ふかーいふかーい眠りの世界へゴー。

基本。
病院ではメイクは禁止。
ま、普通に考えれば
とゆうか、考えなくても
入院中にメイクなんて
常識外だね。
だよ。

でも。
ある意味、許されてる部分もある。
そりゃ、フルメイクのバリバリは
どーかと思うけれど。
けど、軽い感じなら
メンタルを考えると
「病も気から」みたいなもので。
気分転換とゆうか
前向きになれるとゆうか
テンションあがるとゆうか。
許されてる部分もあるのだ。

ま。
おとこのこには
わからないとこだと思うけどさっ。

なんとゆうかな。
それだけ
平常心になれているとゆうか
心に余裕が出てきた目安にも
なったりするわけよね。

でも、何度もゆうけど
「フル」はさすがにダメよ。
ファンデがっつりに
アイラインばっつりに
グロスぎらぎらとか、ね。
それこそ
常識の範囲内ってことで。

で、わたし。
やってましたよ。
そりゃ、やるさ。
べつに、ひとから「ブサイク」とみられよーが
そんなことじゃないす。
違うのよ。
心まで入院患者になってしまうのが
非情にイヤだったんだ。

こお
区切りがないわけですよ
入院生活。
ただでさえ先がみえない。
退院のめどもない。
そんな中でのわたしのスペースは
自分のベッドとその周囲のみ。
そりゃそうよね
入院してんだから。
個室に入らない限り
そりゃそうです。

なんかね。
メリハリつけたかったんですよ。
とゆうか
わたしにとっては
自然なこと。
入院してようがどこにいようが
自分のペースを作りたい。

だから。
着替えました。
だって、普通着替えるでしょ。
1日中パジャマでいるなんて
めったにないことでしょ。
だから、着替えた。
午前中にリハだから
まず、朝ごはんの後に
(朝ごはん、食べないけどさ)
リハ服にチェンジ。

リハが終わって病室に戻ると
普通服にチェンジ。
とはいっても
さすがにジーンズとかはないけど(笑)。
部屋着的な。
そんな感じ。
そして、夜。
消灯前に
パジャマ系に着替える。
ま、パジャマはそもそも着ないので
スエット系とゆうかね。
そんな感じ。

確かに
「切断か否か」とゆう中では
そこまでできなかったけどねー。
とゆうか、絶対安静だったしね(笑)。
ベッド上でも
ほぼ動けなかったから。

と、話はそれたけど。
だから、わたしは
毎朝、まつげをくるくる。
マスカラ、ぬりぬり。

わたしのメイクは
基本、アイメイク。
みんなは「ファンデ」が絶対必要ゆうけど
わたしにはファンデはさほど。
なにがなくとも
まつげです。
ここをびーんと起こすと
「よっしゃーっ」と
ようやく、自分スイッチが入る。

でも、そこは常識内で。
通常は、マスカラ3度ぬりだけど
軽く1回程度。
一応、考えてますから(笑)。
そして、たまにチーク。
こお、なんつーのかな。
チークいれるとさ
顔にメリハリがでるのよお。

看護士さんは知ってたよ。
みんな
「そのくらいの気持ちが大事」って
そーいってくれてたし
病室のおばちゃん達に
メイク講座をしたこともあるよ。

しかし。
さすがのわたしも凹んだ。
自分で自分に
「あたし、なにやってんだ」と
気づいて凹んだ。

そお。
普段ならこれでいい。
けれどわたしは...

手術日にまつげやってたのよおーーーっ!!

バカ。
なにも考えてなかった。
さすがに手術日に
まつげくるくるはねえだろ、自分。
ふざけてんのかって話だろ、あたし。

手術室に入って
毎度おなじみの看護士さんに
「またよろしくねー」といわれ。
「あ、よろしくでーす」なんて返し。

そしたらいきなり。
「ねえ、あげたまちゃん。マスカラしてる?」

げ。
げげっ。
やばっ。
返事できねえ。

清潔第一じゃん、術中。
顔色、大事じゃん、術中。
とゆうか
そうゆうお話の以前の問題。
自分のゆるさに
びびりました、マジで。

しかも。
2回やりました、これ。
形成の看護士さんも
手術いく前に
忠告してくれっちゅーの(笑)。
まつげくるくるで
手術はないだろー(涙)。

術後、看護士さんに
「ねえ。あげたまちゃん、手術はイヤじゃないの?」と
そおきかれましたが。
まつげやってる余裕があるって
ある意味、神経太いって
そうゆう意味できいたみたいだけど。

イヤじゃない。
こわくないです
(病気の手術はべつね。
わたしのは怪我の手術だから)。
だって
眠ってるもん。
下半身麻酔の時だって
音はきこえるけど
痛くないもん。
みえないもん。
しかも、よくなる為にやるものでしょ。
悪くなるために受けるものじゃないもの。
だから、手術そのものは
まったくこわくない。
先生、たのんます。
それだけ。

ただね。
術後のずーーーーっと続く
寝たきり生活。
それだけは....

ホント、いやーーーっ。
拷問。
地獄。
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by akiaki2u | 2009-12-26 10:55 | 手術

今日はクリスマスイブ。
クリスマスとゆうと
必ず思い出すわ。
クリスマスに手術して
覚醒したとたんに
ケーキをバカ喰いしたことを。

病室のおばちゃんたちが
夕方前から手術室に入ったわたしのために
ケーキを残しておいてくれたことを。

それを
ラリってるわたしは
(術後すぐってラリってるみたいじゃない?)
ばかばかと
何個もいっきに
深夜に食べたことを。

そう。
わたしは、覚醒がやたらと早い。
9回手術したけれど
術後に嘔吐したことは
1度しかない。
でもそれも
ケーキと同じように
ラリってるテンションで
とうきびを食べてしまったから...
だと思われます(笑)。

最初に運ばれたきた時の手術は
10時間前後かかったはずなんだけど
その時でさえ
嘔吐しなかった。
ビニールみたいな
透明カバーの囲いの中で
もわもわとはしていたけれど
そこまでの吐き気はこなかった。

観察していると
男子はそーでもないみたいね。
でも女子は
たいがい、みんな
術後は嘔吐。
3日くらいそれが
継続していたひともいたよ。
かわいそだね。

そんなわたしなもので
術後の酸素マスク。
あれが、ひどくうざい。
邪魔なのよおー。

意識もはっきりしてきて
(ラリってはいるけど)
脳みそと口が
なんとなくばらばらだったはするけれど
覚醒はしているわけで。
でも
「酸素マスクはずしていい?」
とゆっても
「まだダメ」と
なかなかオッケーがでない。

あれさー。
息苦しいんだって。
意識がぶっとんでる時なら
そんな気もおきないんだけど
覚醒している時の酸素マスクって
ひどくうざい。
逆に息苦しいのよ(笑)。
自分の呼吸が熱くて
逆にはーはーしてくる。

だから
「ダメ」ゆわれても
勝手にはずしちゃう。
「もーだいじょううだって」と
はずしちゃうの。
しつこいけど
逆に苦しいんだもん。
はずしたほーが
どんだけ呼吸が楽か。

けど
またすぐにみつかり
「あげたまちゃん、もーダメだってば」と
お叱りをうける状況。

だから
かなりずらして
頬に酸素マスクしてたぜ(笑)。
美容器具のよーになってたぜえー。

でもそれも
術後のわたしが
なぜか元気だから。
大きい手術をしても
長い手術をしても
なぜかタフガイだから。

「なんでだろ」

先生も「謎だ(笑)」と
ゆっていたよ。
でも、その謎のおかげで
ずいぶんと助かりました。
術後のつらさが
半減するもんねー。

でも、この謎。
解明してみたいわー(笑)。
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by akiaki2u | 2009-12-24 23:11 | 手術

下半身麻酔

手術をするたびに、麻酔を受ける。
あたりまえだけどさ~。

私の場合、全身麻酔が殆どなんだけど
でも、まずは、下半身に麻酔をうつ。
足の微妙な手術なので
術中にびくりとも動かないように。

手術室の手術台で
まずは、横をむき。
そして、背中を丸めてつきだす。

麻酔科の先生が
ゆっくりゆっくり打つ位置を確認して
そして。
やたらと太い注射を打つ。

脊髄のところに打つんだろうけど
コレが、非常に痛い。
「いた~」とゆうのじゃなくて
逆に声を殺す感じ。
「うっ」となる。

そして、すこしの時間をおいた後。
冷たい瓶を、足にあてる。
全く何も感じなくなったところで
全身麻酔に入る。

が、ある日。
痛いどころじゃないことがおきた。

この日は、整形の手術で
下半身麻酔だけの手術だった。
いつものように横になり
背中を突き出した。
先生の指がゆっくりと背中を触る。
そして、しっかり確かめて...

「ぶすっ」。

と、くるはずが。
あれ、あれれ。
なんと。

激痛とともに
注射器がとんだ(笑)。

つまりはこうだ。
何度も同じ箇所に麻酔を打ったので
そこだけ、皮膚やもろもろが
かたくなってしまったらしいのだ。
そこで、注射針がうまく入らず
跳ね返ってしまったらしい。

「こえ~」
「こえ~よ~」

見えない背中での出来事だけに。
間違いはないとは思うけれど
「もしミスったら半身不随」とか。
余計ことを考えてしまうものだ。

結局、その後。
慎重に慎重にやっていただき
なんとか「ぶすっ」と成功した。

それがあまりに衝撃的で。
うまくいってホっとして。
下半身麻酔での手術なんて
どーってことなかった。

キィー。
ガンガン。
ゴンゴン。
ギュイーン。

うつぶせだったので
どんな道具を使っていたのかは
まったく不明だけれど。
でも、受けながら思った。

整形の手術って...「大工だな」。
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by akiaki2u | 2009-01-08 21:00 | 手術

手術

手術は9回した。
約3年で9回。
最初の半年の入院で、5回やった。

最初の手術時。
意識は全然あったけど
一応、世でゆう重傷とゆう種類だったので
あるほーが不思議とゆう状況。
なので、流れに身を委ねるしかなかったので
手術に対しての、恐怖感などは
ほぼなかったように思う。

そんなことよりも、痛いし寒い。
これからどうなってしまうんだろ、私。
そんな状態を、早く回避したかった。
なので、むしろ。
早く手術してください。
もう、すぐにでもやってください。

そんな心境だったのだと思う。

もしこれが。
状況が違って、1ヶ月後の手術ですよ。
と、いうことならば。
もしかしたら、逆に恐かったかもしれない。
1日1日、少しずつ憂鬱になったのかも。

現に。
手術をしたくても、できない時期。
そんな状態が2度あった時には
毎日がとても重かった。
24時間そうじゃないけれど
心のどこかに、くずぶるものが常にあった。

しかも。
私の手術は、難しい手術とはいえ
命に関わるものではない。
悪性の腫瘍だとか
血液の病気であるとか。

そのような種類ではない。

だから、大丈夫なのだ。
例え、成功率が低くとも
生きる死ぬの問題じゃないのだから。

手術をして、あまりよい結果じゃなかった時も
確かに落ちたけれど
最後にはそう思えた。
そうゆう人達が、たくさん周りにいたから。

手術ができるだけいいのだ。
できる状態なのだ。
したくても、できない時。
したくても、できないひと。

それに比べたら
少しでも先にすすめるのなら。
少しでも良い方向にむかうのなら
どんな手術でも受けたいと思う。

今後。
私にあう、新しい何かの方法がでてくることを願おう。

でも。
術後の、背中からの痛みどめ。
脊髄に入れておくあれ。
あれは嫌だなあ~(笑)。
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by akiaki2u | 2008-12-27 21:51 | 手術

とりだした物

「取り出したら、ください」

そう言ったら、先生はたまげてた。
「マジすか?」みたいな。

でも。
「いいですよ。あげたまさんの物ですから」
と、その後には笑ってくれた。
そう、それは私の物なんです、先生。
この数ヶ月、大事に育ててきたんですから(笑)。

エキスパンダー術。
前にも綴ったんだけど、障害がある足に2箇所。
点滴袋のようなものを、手術でいれた。
ひとつの袋は500ml仕様。
もうひとつは、たしか300ml。

ペットボトルと缶、みたいな。
そんな容量が入る袋だ。

そこに、3ヶ月かけて水を注入した。
週に数度、または1度。
少しづつ少しづつ、ふくらませてゆくのだ。

その経過や詳細は、また綴るとして。

とにかく、皮膚をのばしてのばしまくったのだ。
要は、妊娠してお腹の皮膚がのびるのと
同じ意味なのだ。
のばした皮膚を、使用するわけ。

激痛と睡眠不足が続いた4ヶ月だった。
3ヶ月で注入は終わり、1ヶ月の放置プレー。
水風船のように、いつわれやしないかと
24時間緊張してた。

その足の中の袋を、また手術で取り出す。
欲しい。見たい。
どんなふうになっているのか
みてみたいじゃないですか。

結構長い手術だった。
終わって、覚醒した私に。
先生が手渡してくれた。

「あげたまさん、これですよ。
数ヶ月、よく頑張りましたね」

「これですかー!!
先生、私、出産したようなものですよね、これ」

卵を産んだみたいな。
大事に育てて、生みました。みたいな。
そして、その卵...じゃなく袋。

今は、水分が蒸発しぺっちゃんこ。
で、どこにいったのかも不明です(笑)。
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by akiaki2u | 2008-12-18 11:27 | 手術

できない手術

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「あげたまさん、すみません...」。

医師が謝罪することなんて、滅多にないよ。
そう、看護士さんから何度もきいていた。
その医師から、「すみません」という言葉。
私は何度か、受けたことがある。

私はラッキーだった。
主治医だった形成の先生2人とも、素晴らしい人だった。
自ら、謝罪できる心を持った医師だった。
そして、ある意味。
先生が「すみません」といわざるえないような事柄も
時々発生したのだ。

あれは。
背中の薄く広く長い筋肉と脂肪を、足に移植することとなり
手術のちょっと前に、検査入院したあの日。

様々な検査を受け
消灯となった部屋の暗い天井をみていた時。
「あげたまちゃん、ちょっといい?」。
看護士と先生が部屋に入ってきた。
珍しく2人部屋で、しかももうひとつのベットがあいていたので
その病室には、私しかいなかった。

「あげたまさん。あの...本当にすみません」
「???。先生、何がですか???」
「実は、あげたまさんの足は、動脈が1本ないんです」
「???」
先生、どーゆーこと?

動脈がないってなんだろ。
いや、血管がないってことなのはわかるけど
その意味が、私にはわからなかった。
そして、それがどうゆうことに繋がるのかも。

が。
しばらく先生とお話しをして、理解できた。
つまりは、こうゆうことだ。

下肢膝から下には、3本の動脈がある。
ふくらはぎから左右に1本ずつ、そして真ん中に。
けれど私の足のそれは、内側の1本が
膝からプッツリとない。
切れてしまったのだ。
そうか。だからあんなに出血したんだなあ。
あんなに、輸血もしたんだなあ。
出血死も考えられたとゆうのは、そうゆうことか。

そして。
本来ならば、これから私が受ける手術。
背中の筋肉やら脂肪を、この動脈につなぐ予定だった。
もってきた組織、血管に繋がないと、壊疽してしまう。
けれど、その動脈がない。
ないのだ。

他2本の動脈をひっぱてきて、そこに繋ぐことも可能らしい。
けれどそれをやってしまうと
今後、大きな後遺症に繋がる可能性は拒めない。
また、何かあった時。
もしまた事故にあったりした時。
2本のうちの1本を移植に利用してしまうと
踏ん張りがきかず、すぐに切断となる可能性も高い、と。
そう、説明を受けた。

この日。
私は、造影検査を受けた。
軽い手術の域に入るとゆうことで
入院が必要だった。
その検査にて、血管消失が発覚した。
術後、かなりの期間を経過して
このことがわかったのだ。

とゆうよりも。
最初の担当医師はわかっていたに違いない。
けれど、移動の為、その先生は移動となり
今の医師に引き継いでもらった。
かなり膨大な私のカルテ。
そこまでは、チェックしていなかったのだろう。

先生の「すみません」の意味。
結果、幾つかの意味があったのだろう。

移植をしたら、すごく楽になれると思ってた。
植皮した箇所のつっぱりや痛み。
無数の激痛を伴っていた。
神経もむきだしのようなものだ。
細かく綴ることはやめるけれど
とにかく。
この移植が出来たのなら、私は随分と楽になれる。
本当に待ち望んでいた手術だった。
後遺症も大きい手術ではあったけれど。

でも、できない。
その手術ができない。
痛みが減ることはない。

一瞬、大きく落ちた。

けれど。
例えばそこで泣きわめいたところで
手術ができるはずもない。
先生に怒りをぶつけることは簡単だけれど
その後に残るものは、なにひとつない。
意味がない。
そんなことしても、意味なんかないんだ。

だから。
私はたずねた。

「先生。できないのはわかりました。
血管がないことも理解しました。
それで、他に方法はないのですか」

先生は、即答した。
「あります」と。

そこで初めて、レントゲンやら何やら。
改めて、私の足の現実の説明を受けた。
また、現実だ。
また、抱えるものが増えた。
だけど、今の私は違う。

足が残るか残らないか。
そこを乗り越えることができた今
ちょっとことでは凹んだりしない。
凹んではいられない。
凹んでたまるか。

そして、最後に。
「エクスパンダー術がいいと思います」。
そう、先生が言った。

エクスパンダー?
なんだそれ。
動物の名前?

なんだかよくわからない。
わかるわけないし。
でも、それしかないのだ、きっと。

ちょっとでも可能性があるのなら。
私の中に「NO」はない。
ここで悩んで迷うことに、意味があるとは思えない。
何がなんだかわからないけれど
私の答えは「YES」。
お願いします。

先生は、「わかりました!!頑張りましょう!!」と。
そして、そそくさと部屋を出ていった。
すぐに、準備にとりかかると言ってくれた。

そっか。
エクスパンダーか。
それで頑張るか。

って..................え。
先生、肝心なことを言ってくれなかったじゃん!!
だから...............
エクスパンダーってなにものよーーーーーー!!

ま、いいか(笑)。
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by akiaki2u | 2008-07-23 10:17 | 手術

覚醒

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何故だかはわからない。

やはり、ほど男子に近い血液の濃度である私。
そこが原因なのか。
それとも、持ってうまれた体質からのものなのか。
身体の何かがにぶいのか、図太いのか。
あまりに丈夫な胃腸なのか。

とにかく私は、考えられないほどに
麻酔からの覚醒が早いのである(らしい)。
それは、目や頭だけではなく
身体も、なのだ。

私の受けていた手術の場合
全身麻酔と同時に、脊髄からの下半身麻酔も行う。
ダブル、なのだ。
にも関わらず、術後、異常な速さで覚醒する。

確かに。
なんだか妙にテンションが高い自分がいて
「あれ。私、何かが違う」と、思ったりもする。
でも、夢をみている感覚でもなく
何を話しているのかも、自分でよくわかってる。

もしかしたら、危ない薬なんかをやると
こんな感じになるのかもしれない。
ハイで爽快。

そうなると、酸素マスクがうざい。
「まだダメ」と、看護士さんは言うのだけれど
もう覚醒してしまっているのだ。
自分できっちり呼吸ができている時の酸素マスクほど
うっとーしいものはない。
吸う息が熱くて、吐く息で更に熱くなる。
そう、逆に苦しいのだ。

ええいッ。
勝手にはずしてしまえ。
毎度、こうだ。

そして次にやってくるのが
ありえないほどの空腹感。
そして、喉の渇き。

手術前は、水物も口にできず
当然、食事もとれない。

かといって。
本当のところ、そんなに身体では「腹へった」とは感じてはいない。
でも、なぜだか口が動くのだ。
なんとゆうか、腹具合からではなく、脳みそから。
脳みそが「言いなさい。貴方は空腹なのよ」と、命令する。
そんな感覚。
軽く、ラリってんのかね(笑)。

一般的に考えると。
いや、私が病室をともにした人達。
ほぼ9割の人は、術後しばらくダウンだった。
へたすると、3日間くらい吐き続けている人もいる。
私よりも、随分と軽い手術でも、だ。

が、私の場合。
特にやばかったのは
クリスマスに手術した時のこと。

目が覚めると、ベットの横には4個のケーキが並んでいた。
クリスマスなので、夕食にショートケーキがついたらしい。
でも、その時間の私は、まさに手術中。
部屋のおばちゃん達が、私の為に、ケーキを残しておいてくれた。

そのケーキが視界に入ったとたん
食べたくて食べたくて食べたくて。
もう、どうやってもその要求をとめられない(笑)。

看護士さんが、何度も聴診器をあてにきて
「まだ胃腸が動いていないから食べちゃダメ」という。
そう、覚醒しても、内部が始動しなければ
ゴーサインはでない。
上にあがってきちゃうからね、消化しないで。

もうその時の私は、手におえないガキと一緒だ。
「まだ?」
「ねえ、まだ?」
「もういいじゃない?」
「そろそろじゃない?」

そして「もういいよ」と、言われたとたん。
「え?早食い競争?」みたいな感じで
いっきに4個をたいらげた。

そして満足し、改めて深い眠りにつくのである。

が、翌日。
食べたのはしっかり記憶しているのだけれど
なぜに、あんなに欲したのかは、さっぱりわからない(笑)。
なぜに、4個もやっつけたのか。
まるで意味がわからない(笑)。

なので私の場合。
麻酔の後遺症は

「食欲増進」。

そう、診断されたのである(笑)。
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by akiaki2u | 2008-03-16 20:31 | 手術

2度目の手術

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私の体質の特徴として。
麻酔のキレが異常に早い。そして、良好だ。
だから術後、部屋に戻ってわりとすぐに覚醒した。

母親が、ベットの横に座ってた。
酸素マスクがうざい。息が熱くて、逆に苦しくなる。
もういいや。「えい」とはずし、すぐにきいた。

「ね。手術、どうだった?!」

心躍る感じで、私はきいた。
安心しきっていた。
いや、安心したかったのかもしれない。
不安を無理にかき消し、良い方向だけをみていた。
いや、みたかったのかもしれない。

が。
母親は何も答えなかった。
そして「先生にきいたほうが......」とだけ言った。

どうゆうこと。
意味がわからない。
「よかったねー。うまくいったよ」。
そうゆう返答だけを信じてた。
いや、違う。
本当は、どこかで感じてたんだ。
感じてたけど、そこにフタをしていただけなんだ。

確かに前向きだった。
けれど、「もしや」。
こんな気持ちを、シャットアウトしてたんだ。

すぐに、体調をみに先生がやってきた。
正直、恐い。言葉を切り出すことが恐い。
そう、先生の口から出る返答が、とてつもなく恐い。

「先生、私の足は........?」

先生は言った。
「あげたまさん。手術は、予定通りにはできませんでした。
植皮をするには、あまりにも足の状態が悪すぎたんです。
普通だと、受傷後2週間もすれば、今のあげたまさんの年齢なら
手術に対応する状態になるはずなんです。
でも、あげたまさんの事故は、やはりあまりにも大きかった。
力が足りなくて、すみません.......」

そして続けた。
「でも、まだあきらめるには早いです。
植皮できないかわりに、コラーゲンのシートを貼りました。
植皮に適する肉を作りあげましょう。
そして、管を通しました。
汚い液を排出しましょう。頑張りましょう」

これが答えだった。

そう。
受傷後すぐに、10時間を越える手術をした。
でもその時には、すぐに切断を防ぐ術を施すことは出来なかったのだ。
無数に骨折した箇所をなんとかした。
すでに壊疽してきていた皮膚をカットした。
切れた動脈の処理をして、輸血をした。
そして、何時間も何時間も。
ひたすら細菌を洗い流したのだそうだ。

3人の医師が、固いブラシで私の足を。
肉を、骨を、腱を、筋を。
細菌に侵されて壊疽してしまわないように
ひたすら洗い続けたのだ。

そして、この日。
膝から下の皮膚が内側にかけて、半分以上なくなっている部分に
太ももから皮膚をはぎとり、その皮膚を移植(植皮)するはずだった。
が、出来なかった。
あまりに内部の...つまり、下地である肉の状態が悪いために
植皮なんぞ出来る状態ではなかったのだ。

スネより外側の皮膚が残っている部分の内側。
ここも、同じように相当悪かったらしい。
ま、残っているといっても、1度はがれてしまった皮膚を
なんとかかぶせているだけなのだが。

とにかく。
何がなんだかよくわからない。
いや、わかっちゃいるけど、違う感情が邪魔をする。

「できなかった。植皮ができなかった」。

そして、私は初めて気がついたのだ。
「私の足、どうなっちゃうんだろ...」とゆうことに。
受傷後、とにかく私は突進していた。
迷いなどなかったし、なるしかないと思えていた。
けれど、なるしかないの先には、どうにかなるだろう。
そうゆう思いのほうが、多分大きかったのだと思う。

だから、どうにかならないのかもしれない。
いや、どうにかなるものではないのかもしれない。
いや、どうにかなってしまう可能性のほうが大きいのだ。
そうゆうことを、この時初めてリアルに感じたのだ。

植皮さえできれば。
足が皮膚で覆われてさえしまえば。
そうすれば、私はどんな形であっても前に進める。
そう思って2週間を過ごしてきた。
激痛で眠れない日々が続いていた。
でも、この日が終われば。
そう思って過ごしていたのだ。

けれど、現実はそう甘いものではなく。
「手術ができなかった」。
そのリアルが、大きく大きく大きく。
私の心の弱い部分に、その大きなリアルが刺さった。

私は、ベットに埋もれて泣いた。
6人部屋での夜。
声を殺して泣いた。
私の足は、切断に限りなく近かったのだ。
簡単なものなんかじゃなかった。
すぐに乗り越えられるものでもなかった。

この時、先生も看護士さんも。
みんなが「ほぼ100%切断になるだろう」。
そう思っていたそうだ。
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by akiaki2u | 2008-03-01 22:45 | 手術

緊急手術

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「どうする~あげたまさんは~」

そんなゆるーい感じでとわれても。
そんなゆるーい問題なのか、これは。

とはいえ、あとから思えば。きっと、私をなごませてくれようと思い、
きっと、あの先生の気遣いから出た発言なのだろう。確認してはいないけど。

あの日救急車で運ばれた私は、もちろん緊急手術を受けた。
処置室にそっこーで運ばれ、私の周りをバタバタとたくさんの人が動き、
時には大勢に囲まれた。けれど、みんなが囲んでいるのは足であり
私は天井をみつめるしかなかった。

さすがに、どのくらい処置の時間があったのかはわからない。
痛み止めやなんやかんやの点滴やらで、はっきりとしていた私の意識は
徐々に薄らいできていたからだ。CTなどで、脳の検査もした。
頭もガッツリ打っていたからね。

肩から下には、相変わらず青いシートがかけられていた。
そのうち、両親が面会にきた。

「大丈夫だよ。足だから」。

母は後日。
「あんなに色白な...いや、青いあんたの顔は初めてみた」と言っていた。
この小麦色な私が青白い。写真に撮っておきたかったわ。

そのうち、「あげたまさん、手術室に行きますよ」。お呼びがかかった。
かつて、手術も入院もしたことのない私が、いっきになんもかんもを飛び越え
予告もなく、長丁場の手術に挑むことになった。
よほど急いでいたのだと思う。下半身麻酔がきくやいなや、
私の意識はまだはっきりしているとゆうのに、ガチャガチャとすぐにオペ。

あれ。
私、まだ全然意識がはっきりしてるんだけど。
もしや、こんな感じで手術するのかな。
ってことは、意外と私って軽症なのか。

そんなことを思っていたら、麻酔科の先生が頭の後ろでこう言った。
「どうする~、あげたまさんは~」
どうするって、いったいどうゆう意味なんだ..............?

「えっ。何が、ですか」
「いや~、眠りたい~?」
「手術の間ってことですか」
「そうそう~」
「いや。あの。なにぶん始めてなものでして。ちなみに、時間はどのくらい...」
「手術時間かい~?う~ん、10時間くらいかな~」
「は、はい?じゅ、じゅ、じゅ、10時間ですか?」
「そうだね~、そのくらいかな~」
「あの。普通、みなさんはどうされるんですかね」
「そりゃ~眠るに決まってるよ~アハハハハ~」
「...................................。あの.........」

寝ます!!すぐに眠らせてください(泣)!!
つーか、さっさと眠らせろ、コノヤロー!!

でもね。私はおもしろかったですよ、ある意味この会話が。
けれど、どうかな。他のひとには通用するのかな。
先生、ちゃんとひとをみて、こうゆう会話をしてるのかな。
いささか不安だ..............。

とゆうことで、私の長時間の手術はスタートした。
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by akiaki2u | 2007-08-05 12:50 | 手術

下半身麻酔

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「キャーーーーーーーーーーーーーー!!」

私より先に、看護士さんの悲鳴。
当の私はとゆうと、何が起こったのかよくわかっておらず。
とはいえ、激痛が走ったことに間違いはない。

あれは、いったい何度目の手術だったのだろう。
入退院を繰り返した約3年半の間に、私は9度の手術を受けた。
2ヶ月弱間に3度の手術をしたこともある。
そんだけ手術を受けると、なんとゆうか、「プロ」になれるものだ。
手術なんぞ、なんとことはない。頑張るのは私ではなく医師。
ま、そうゆう言葉も、私が内科的な病ではないから出るものなのだが。

とにかく、この激痛は、術前におきた。
私が手術を受けるのは、常に左足。
全身麻酔で手術を受ける場合であっても、まずは下半身麻酔を受ける。
術中に足が動いては大変だからだ。

下半身麻酔は、ご存知のとおりに脊髄に打つ。
何度も何度も場所を確かめた麻酔師が打つ。
普通の注射器や注射針とは違い、大きく太いもので、だ。
この位置が少しでもずれたら大変な結果になるとゆうのは、
殆どの方が理解できることだろう。

この日も身体を横にむけて幼虫のように丸くなり、背中をつきだした。

「いくよ~」
「は~い.............ウっっっっっ!!!!!!」


ただでさえ痛いこの注射。
が、この時のこの瞬間の痛みは、そんじょそこらの痛みではなかった。
声を「キャー」と発せるる痛みではなく、逆に「ウっ」と殺す痛み。
そして、宙に何かが舞ったのがみえた。それが何なのかはわからなかったけど。

つまり、こうだ。
何度も何度も同じ箇所に注射針を打っていたせいで
太い針でもささっていかないほどに、そこの部分がかなくなってしまっていた。
なので、グっといこうとした瞬間、針も注射器もはねかえしてしまったのだ。

恐ろしい。
実に恐ろしい。
手術よりも、こっちのほーが恐ろしい。ったく。
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by akiaki2u | 2007-07-25 18:58 | 手術



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