バスにひかれた私のBLOG

痛感

なんとゆうか
とても複雑な気持ちになった。
いろいろな感情が交差して
ひとことでは表現できない。
そんな気持ち。

ちょっと前に
ちょー副業のお喋り仕事で
(とゆうか、副業の集合で生きてるけどっ)
あるひとと接点があったのね。
その「あるひと」とわたしは
初対面だけれど
その「あるひと」が
わたしの関わりのあるひとと
けっこー親しいひとだった。

副業で
バスに乗ってるの。
でもガイドと違って
ずっと立ちっぱで喋るわけでもなく
いーとこマイクをもって
15分程度。
基本、数分マイクで喋って
あとは座って打ち合わせしたり
ぼーっとしたり
作業してみたり
他スタッフとお話したり。
そんな程度。

車内で喋るよりも、車外。
つまり、降りてからあれこれと
喋ることが多いんだ、その仕事。
あ、ツアコンじゃないよ。

それでも
けっこーキツイ時がある。
口は元気だし
喋りにも困ることはない。
けれど
やっぱり動きが伴うことが多く
無理をしている部分も
当然でてくる。
でも、きっと。
ほぼ全員のひとが
わたしの足が不自由だなんて
気づいていないと思う。

でもそれは
わたしの足がそれだけ
自由が利くようになったわけでもなく
以前より回復したわけでもなく。
ただ、気づかないだけ。
気づくような場面に
でくわさないだけ。
「あれ?」と思う動作をするような
場面にでくわさないから。
杖もついてないし
大きくひきずっているわけでもない。
そしてわたしも
「これでギリ」とゆう
限界まで無理しているから。
だから、ぱっとみは気づかない。
そうゆうこと。

いえ。
それを言いたいわけじゃなくて。
そーじゃなくて。

要は
先日、たまたま乗り合わせたバスの
そのドライバーが。
わたしが、もう2度とききたくもない
名前を出してきたのだ。
そう。
わたしをひいた運転手と
親しくしてるらしかったのだ。

もちろん
わたしからあの事故のことを
話し出すわけはない。
もお、わたしには過去のことで
隠すわけじゃないけれど
わざわざ
わたしがいたあの業界のひとに
自分からアピることじゃない。
言う必要がないってことだ。
けれど。

あの日のドライバーに
「喋り、うまいね。元ガイドかなんか?」って。
そーきかれた。
「うまいね」は「ありがとうございます」って思うけど
「元ガイド?」ってとこが、ね。
まあ、隠すことでもないので
「はい、そうです」って
そーこたえるじゃない?

「もう乗ってないの?」
「乗ってませんねー」
「何年くらい乗ってた?」
「けっこー長く乗ってました」
「もう乗らないの?」
「足、ちょっと怪我しちゃったんで、キツイすねー」

これだけ。
この会話をしただけ。
なのに、そのドライバーが
「もしかして、○○くんの時の事故の!?」って。
いきなり、そーきいてきたんだ。
○○くんとゆうのは
そう、わたしをひいた彼の名前。
一瞬、具合が悪くなった。
もおいいよ、その話。
もおいいよ、その名前。
つか、なんでこれだけの会話で
すぐにぴんとくるんだろ。

「あーあ、この会話長くなったらめんどくさいな」
そー思ったけれど
嘘をつくところでもないので
「え。なんで知ってるんですか?」と。
はいでもいいえでもなく
そーこたえてみた。
日本語的に、うやむやな感じで
逃げたかったんだ。

そしたら
知らないわけないって。
ぴんときたんだってさ。
有名な話だって。
知らないひとはいないって。

どこがどー有名なのかはわからない。
事故そのものが知れわたっているのか
その後の訴訟等のことなのか
ドライバーのことなのか
それとも、わたし自身のことが
「あのガイドだったんだー事故って」みたいな。
そー広まっていることを言っているのか
そこはよくわからない。
確かに、わたしはあの業界歴が
決して短くはなく。
毎日毎日、あちこちの観光地や
あちこちの定宿や
あちこちのドライブインで会うのだから
わたしの名前を知らなくとも
わたしのことを知っているひとは
けっこーいるらしいとゆうことは
ひとづてにきいているけれども。

とにかく。
それから
あれやこれやと
いろいろとインタビューされた。
だから、仕方がない。
された質問にこたえた。
そして
こたえているうちに
なんともいえない気分になった。

そのドライバーの心はわからない。
軽く心配してくれているのか
大変だったなーと思ってくれているのか
ただ流れでなにげにきいてきたのか。
それとも
わたしをひいたドライバー側のひとで
いろいろさぐっているのか。
単なる興味本位なのか。
それは、なにもわからない。

どうしていいのか
ちょっとわからなくなった。
精一杯わたしなりに
頑張ってとゆうか無理をして
その副業をこなしてるのだ。
でも、それがそのままのわたしだと
思われたらたまらない。
つまり
「もー元気なんじゃん」
「つか、歩けんじゃん」
みたいな。

確かに、わたしは元気。
けれど、痛みは常にあるし
いつも植皮部分に気を使い
ひとつひとつの動作を
考えながらおこない
ただ立っているだけでも
普通にできるわけでなく。
バスでちょっと立つ時も
普通に何も考えないで
自然に立っているわけじゃない。
ステップを降りる時も
車内の通路を通る時も
前とは違う。
全然違うのだ。

けれど
それは目には入らない。
言わないとわからない。
口にしないと伝わらない。
わかるわけがないのだ。
見える部分に傷があるわけでもない。
足の形が変形しているのも
みえているわけでもない。
植皮した部分のパッチワークな足が
視界に入るわけでもない。
神経も骨も筋肉も
彼の目には入らない。

いや。
べつに、それでもいい。
べつにいーよ。
それも本音。

けれど。
このわたしの
正直、しんどいことの多いことが
伝わらないのも
なにか、しっくりこなくて。
そしてそれを
おそらく
わたしをひいたドライバーに
親しくしているのだから
伝えるであろう現実を思うと
非情に納得がいかなくて。
なんだか気分がよくなくて。
そう、これも本音。

でもそれを
「あーですこーです」と
「こーみえてもあーでこーで」と
いちいち伝えるのも
どーかと思う話だよね。

疲れた。
とても、疲れた。
心が疲れた。
こうゆうのを
複雑とゆうのかなーなんて。

心が元気な時だと
「べつにいーじゃん。けっ」と思えることも
心が疲れてしまうと
「はあ。なんだかな...」と。
同じ事柄に向き合っているのに
まったく違う自分がいる。

久しぶりに
あの時のいろいろが交差して
なんともいえない気分になった。
けれど。
わたしをちゃんと
みてくれているひともいる。
口にださなくとも
思ってくれるひとがいる。
寒い日には「だいじょうぶ?」って
階段のくだりで「いける?」って
重たい荷物を「もつよ」って
すべる道では「気をつけて」って。
ありがたいことに
いちいち口にしなくても
気遣ってくれるひとがいる。
わたしの心の中の声を
ききとってくれるひとがいる。

この日。
今まで以上に
わたしを理解してくれているひとに
感謝した。
知ってくれていることのありがたさを
今まで以上に痛感した。
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by akiaki2u | 2009-12-23 12:04 | その他
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