バスにひかれた私のBLOG

感謝

思い出した。

いや、忘れてなんかいないけど
忘れるわけはないけど
なんとなく
遠いものになっていた。

今日よっちゃんと話していて。

自分のあの時のこと。
事故にあってからの今。
心が、思い出した。
あの時期の感情の色々は
心の奥に刻まれてる。
自分に起こっていたあれこれを
口にしてゆくたびに
心が思い出すんだ。
痛くなったり
軽くなったり。

時の経過は
悪いものとは思わない。
年齢は重ねてゆくけれど
きっと少しずつ
衰えているのだろうけれど。
でも、時間が解決してくれることって
絶対にあるはずだから。

けれど。
時の経過とともに
風化してゆくものあって
風化させちゃいけないものもあって。

あの時期があったから
今のわたしがある。
あの過去があったから
今のわたしが形成されてる。
なにかひとつでも欠けていたら
今のわたしとは
違う自分がいるのだ。

ひとの痛みを
なんとか理解しようと思うけど。
なんとか理解したいと思うけど。
でも、どんなに近づこうとしたところで
やっぱり、本人にはなれない。
むしろ
わかると感じるほうが
無責任な偽善者だと思える。

けれど。
僅かな部分。
形も道も違うけれど
ほんの少しリンクするところがあれば
ほんの少し自分のことと重なれば
ほんの少しだけ
痛みに近づくことができるのだとしたら。

だとしたら
やっぱりわたしは
事故にあってよかったのだ。
そう、思える。
失ったものよりも
大きなものになる。
そう、思える。

これから寒くなり
わたしの心は、時々弱くなる。
足への不満が
正直、出てきてしまう。
出てきたところで
どーにもなりはしないのに
よい結論なんかありはしないのに
どうしようもない気持ちに
なってしまう時がある。

そんな寒くなりかけの時期に
わたしの心が正された。
軌道修正する前に
まずは
よいスタートをきれたような。
そんな気持ちになりました。

ありがとう。
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# by akiaki2u | 2010-10-01 22:49 | その他

痛みの種類

「ふ」と思う。

変化したなー。

そう、思う。
あることはあるんだけど
過去のものとは違うんだ。
消えたものもあれば
増えたものもある。
あっちのは消えたけど
こっちには増えた。
つくづく
人間の構造っておもしろい。

受傷してから今まで。
「痛みってこんなに種類があるんだ」と
そう、つくづく思うのだ。

事故にあうまで
わたしが感じたことのある痛みは
「いったー」という
瞬間的にがーっとくる痛み。
いわゆる
ドアに指を挟めたとか
ナイフで指で切ってしまったとか
どこかにどこかを強打したとか。
重たいものでも
「歯が痛い」。
「お腹が痛い」。
たまーに
「頭が痛い」。
そんなものしか、感じたこと
なかったんじゃないかと思う。

でも、受傷してみて。
「あれは痛みじゃなかったのな」と
そう実感するのだ。

当然、事故にあった瞬間は
もう、言葉に出来ないほどの
痛みを超越したものだった。
そりゃそーっか。
バスにひきずられて踏まれて
ぐちゃぐちゃになってたんだから。

でも、そこは
あまりの昇天さに
もう、よくわかんないレベルであって。

リアルに思い出されるのは、その後。
救急車で運ばれているあたりからだ。
ちょっとでも車がゆれるだけで
「殺してくれーっ」と思うほど。
いや、実際死んじゃうのは無理だけど
そんくらい。
そう思うくらいに、マジ激痛。

手術前の脊髄への注射も。
寝たきりだった時の身体の痛みも。
動脈の血流の悪さも。
神経むきだしの感覚過敏も。
恐ろしいくらいの鈍痛も。
眠れないくらいの激痛も。
筋肉の硬縮の感覚も。
リハビリでの訓練も。
処置されている間の時間も。
もう、あれもこれも
全てにおいて、痛みが伴った。

つまり
なにをやっていても痛みが付帯してて
あちこちに違う痛みが走る。

声に出したい痛みもあれば
呼吸さえ苦しくなるものもあって
横になっていても消えないものも
黙っていることさえ苦痛なものも。
とにかく
痛みって、無限なのだ。

きりきり。
じくじく。
がんがん。
ぴりぴり。
びりびり。
ちくちく。
ずきずき。
どんどん。

そして

ぎゃー。
ひえー。
くぅー。
きぃー。
ああー。
うおー。
ふぅ。
はあ。

心の叫びでもあり
声に発することもあり。
瞬時にくるものも含めると
もう、とんでもない。
痛みってとんでもなく多種なのだ。

「どう痛いですか」
「どう感じますか」

そう、医師に問われるたびに
どんどん、自分の痛み表現語の
キャパが広がってゆく。
そして、改めて思う。

日本語ってすげえ。

どんだけ表現できるのよって話。
どんだけ伝えられるのよって話。
そんなところで

日本人でよかったかも。

そう、感じたものさ(笑)。
ビバ、ジャパニーズ。
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# by akiaki2u | 2010-09-17 10:18 | 受傷

動脈

いやー。
ちょー久しぶりです
こっちへ綴るのは。

あまりに久しぶりなもので
過去にどんなことを綴ったのか
もはや、記憶にありません(笑)。

なので
今後綴ってゆく事柄が
過去とおーいにかぶること
あるかもというところだけど。
ま、いっか。
ここは
わたしの中の記録ブログなので。

「動脈がない」。

このことを
今になってからのほーが
より、大きく実感してる。

入院当時も
この動脈が1本ないことにより
なかなか前に進まないことや
方法を変えなくてはいけないこと。
なによりも
大きな移植ができなかったこと。
実に不便なことが
たくさんあったものだ。

けれど、今。
後遺症として
たくさんのものは抱えているけれど
この動脈がないことでの
血流の悪さというのは
時々、耐え難いものがある。

わたしの足は
あっちを立てれば
こっち立たず、という状況で
整形分野と形成分野のバランスが
このうえなく悪い。
機能を重視すると
内部に悪い。

つまり。
血流の悪さからくる冷えをガードするため
ほかほかムートンブーツをはくけれど
そうすると
足首が固定されないために
歩行が非常に困難になる。

冷えをブロックするために
ソックスをはきたいけれど
そうすると足が滑ってしまい
歩行できなくなってしまう。

どこかで無理をしなければいけない。
ちょっと悪循環なのだ。

後遺症の中で
上手に歩けない
走ることができないというのは
もちろん、最大のネック。
けれど
この冷えというのが
実は、最もつらいのだ。

足を温めても
正直、さほど効果はない。
要は、気候なのだ。
特にわたしの足の場合は
湿度に関係が大らしい。

ときおり
足の甲が氷のように冷たくなり
呼吸さえもつらくなる。
足を切り離したくなってしまう。
どんなに温めても
外気がマイナス気温だったりすると
そこには、もう
解決方法はない。
ひたすら、我慢しかない。

けれど。
そこで「痛い痛い」と
寝込んでいても
わたしの場合は
治ってゆくものではない。
闘うしかない。
それしかないのだ。

だから
無視する。
寝込んでいても痛いのならば
寝込んでいる必要はない。
痛いのがまぎれるような
そんな行動をおこすしかない。
外にでる。
ひとに会う。
リハに集中する。
喋る。
唄う。
動く。
そして...

国外逃亡する(笑)。

そう。
寒いところで
しんどい日々を送るなら
暖かいところへ飛んでいけばいい。
お金の問題なんて2の次だ。
使ったぶんだけ
必死に稼げばいいのだ。

血管の意味なんて
考えたこともなかった。
こんなにも大事なものだったのだ。

けれど、思う。
1本なくなってしまったと
後遺症に悩むより。
よくぞ、残ってくれたものだと
あとの2本のことを思う。

そう。
1本はなくなってしまったけれど
あと、2本もあるじゃないか。

ありがたい。
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# by akiaki2u | 2010-09-11 15:57 | 後遺症

写真

「よく頑張りましたね」

普段とっても無口な先生に
ポツリと優しく
そう言葉にされた時。
わたしの目から
ボロボロと涙がこぼれ
感情をおさえることが
できなかった。
おさえようとも思わなかった。

最初の数ヶ月の入院。
春が終わり夏が終わり
気づけば秋になっていた。

明日、退院かあ。

また、ちょっとしたら戻ってくる。
こことの縁は
まだまだ続く。
けれど、大きなひと区切り。
難しかった試験を終え
卒業するみたいな気分。

とても濃い毎日で
新しい経験ばかり。
悲しくて辛くて
痛くて苦しくて。
だけど
嬉しいことも
楽しいことも。
嫌なことばかりなんかじゃなかった。

そんな
退院当日。
わたしは、写真の束を
みせてもらったんだ。
救急車で運ばれてから
ゆっくりでも
自分の足で前に進めるようになった
この日まで。
形成外科の治療では
毎日毎日
わたしの足の写真を撮っていた。

「吐きそうになるかもしれませんよ」

わたしが
写真を全てみせて欲しいと
そう、先生にお願いした時に
いわれた言葉。
けれど
これがわたしのリアルなんだ。
現実なんだ。
全ての経過をみて
ようやく本当の
区切りがつくんじゃないかって。
そう、思ったんだ。

当日の朝。
ベッド周りを片付けて
最後の診察へ。
そして、みた。

先生が
ポラロイドの束を
そっと渡してくれた。
わたしはゆっくりと
1枚1枚。
確認しながらみていった。

ひどい。
こんな足だったんだ。
すごい。
こんな状態だったんだ。

事故直後に
自分の足はみたけれど
悲鳴をあげた瞬間に
画像がぶっとんだ。
あまりにひどくて
死んじゃうかもしんないと
感じたことはおぼえてる。
けれど、足のリアルは
あまりのショックに
鮮明ではない。

だから
改めて写真でみて
そして
再確認した。
再認識した。

わたしは、今で幸せなんだ。
こんな足になってしまった...
なんかじゃない。
ここまでの足に
してもらったんだ。
この先生や
看護士さんや
たくさんのサポートのおかげで
今のわたしがあるんだ。

嘆くことじゃない。
悔やむことじゃない。
感謝すること。
そして
前にすすむこと。
わたしがすることは
それだ。

そして先生の言葉。

色々な感情が交差して
わたしは涙を
とめることができなかった。
そして
今は泣いてもいいよな。
そう思った。

今現在
やっぱりしんどくて
どうしようもない日もある。
けれど
すすむことを
前にすすむことを
やめようと思ったことは
1度もない。
立ち止まることはあっても
後ろを向くことはない。

これが
わたしの運命なのだから。
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# by akiaki2u | 2010-04-28 22:02 | 受傷

パラリンピック

ごぶさた。
また、放置してたますた。
こっちのブログ。

ほんで
なんでパラリンピック
テレビ中継しないわけ。
なんでしょ、この差。
どっちもスポーツじゃん。
どっちも4年に1度じゃん。
どっちもアスリートじゃん。
なんでー。
ねえ、なんでー。
ぶっちゃけ、むかつく。
非常に腹立たしい。

福祉うんぬんとか
ボランティア精神だとか
奉仕の心だとか。
あえてそうゆう言葉を使う前に
まずは、こうゆうことからなんじゃない?
パラリンピックをスポーツとして
普通に中継することが
本当は普通のことで。
そうすることで
自然とそうゆう気持ちが
育ってゆくんじゃないのかな。
手を差し伸べることも
普通のことになるんじゃないのかな。
自然なことになるんじゃないか。

健常者のするスポーツと
障害者のするスポーツ。
どこに差があるとゆうのか。
同じスポーツじゃない。
同じアスリートじゃない。
なんで、ニュースだけ。
わたし、スポーツみたいんだけど。
感じ悪い、この国。

ところで。
やっぱりわたしとしては
パラリンピックとゆうと
同じく足に障害を抱えているひとに
どうしても気持ちがいってしまう。

そして
どうして障害を持ったのかとゆう
その理由を知るにつけ
とても、心臓が痛くなる。
わたしなんかはなくそだなあ...
そう思うと同時に
事故にあったひとの
その時の痛みが
リアルに想像できてしまう。

はさまれた、だの
ちぎれた、だの
つぶれた、だの。
自分のあの時の痛みの感覚が
フラッシュバックする。

痛いを超越した、あの感覚。
熱くて、とにかく熱くて。
はちきれているような
足が爆発したような
あのとんがった感覚。

わたしはミラクルで
なんとか足は繋がった。
残った。
けれど
「いっそ切断しちゃったほうが」と
申し訳ないけど
思ったことが何度かある。
切らなくてもいいんだ。
そうわかった時
あれほど嬉しかったのに。
なのに
「ついてるほーが辛い」なんて
とんでもないことを
思ったことがある。

痛くて眠れない。
動かなくて重い。
自由がきかない。
しびれる。
キツイ。
しんどい。

義足にしちゃったほーが
自由になれるんじゃないか。
走れるし
痛みと戦うこともないし
皮膚にびくびくしなくてもいい。
そんなことが
頭をよぎったことがある。

自分の足が存在していること。
それが
どれほど重要なのかってことを
忘れてしまうことがあった。

けれど。
実際、切断してしまったひとを
目の当たりにした時
どれほど自分が
醜いことを思ったりしたのかってことを
知ったんだ。
どんな足でもいい。
自分の足があるってことのありがたみを
知ったんだ。

身体に不自由なところがあって
それを補うためのトレーニングをし
自分のできるスポーツにトライすること。
鍛え方は
健常者のアスリートとは違っても
一般的なスポーツじゃなくっても
同じじゃないの。

パラリンピックにも
メダリストはいるぜ。
納得いかないぜ、マスコミ。
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# by akiaki2u | 2010-03-16 22:35 | その他

...。

自分が全て正しいなんて
本当にこれっぽちも思ってない。
思うわけがない。

けれども。
どう考えても
どう色々悩んでみても
やっぱりそこは違う。
そこだけは
やっぱ違うんじゃないか。
時間をかけて考えても
「やっぱ間違ってる」と
ひとに対して感じること
あるじゃないですか。

それが
近しいひとであればあるほど
「どうしよう」と考える。
言うべきか否か。

このままでいて
そのままでいて
よい方向にゆくとは思えない。
でも
「そのひとの為にならない」と
そう思うことは
偽善じゃねえか、わたし?
そこまでの人間か、わたし?

けど。
誰もそこにはふれないで
誰もそこを口にしないで
みないふりをして。
結果、みんなが離れていってしまったら
そのひとはどーするんだろう。
それはそれでいーのか?
いや、よくないよ。

でも。
わたしにだって
悪いとこはいっぱいあって
あわないひとだっていて
嫌われることだってあって
むしろ
嫌ってくれと思うような
性にあわないひとだっていて。
そんなわたしが
なにを口にできる?
そんな器じゃねえだろ、自分。

だけど。
そうやってスルーしといて
友達だっていえる?
付き合ってるっていえる?
友人だっていえる?
彼氏だっていえる?
親友だっていえる?

わたしは
筋を通して
はっきり言ってくれるひとは大歓迎。
わたしが自分できづいていない
悪い箇所を指摘してくれることに
ありがたいと思う。
でも、他のひとはどう?
そう思える?
ただ傷ついて終わらない?
ただ悲しいだけにならない?
みんなが
わたしと同じなわけじゃない。

だから
自分におきかえて考えてみる。
もしわたしが
どこかを指摘されたら。

そうか。
相手によるかもしれない。
口ばっかなひとに言われたら
きっとむかつく。
「おまえはどうなのよ」と
そう思えるひとに言われたら
絶対に反発するだろう。
なんであんたに
言われなきゃいけないの。
そう、思うだろう。

でも。
心あるひとに言われたら
わたしも心から
きちんと耳を傾けることができる。
一生懸命話してくれたら
わたしも素直になれる。
謝罪できる。
感謝できる。

これも
みんな同じじゃないかもしれない。
でも少なくとも
わたしや
わたしを理解してくれているひとは
同じ考え方なんじゃないか。
そう思う。

わたしが腹をたてるのは
わたしが怒るのは
わたしがそれを口にだすのは
確かに
一瞬の時もある。
決してわたしは
気が長いわけじゃなく
そこが
短所でもある。
わかってる。

だけど。
本当の本当に肝心なことを
ずっとずっと何年も
心にしまっておくことだってある。
口に出すか否か
長い間
考えていることだってあるんだ。

そして
それを口に出した時に
すっきりしてるわけじゃない。
気持ちがいいことなんかじゃない。
むしろ
気持ちが悪いほうが強いんだ。

ひととの付き合いは
難しくて簡単。
きっと
本当はシンプルで
簡単なことなんじゃないか。
そのひとに対して
誠実であればいいだけ。
素直に
まっすぐに
自分のいいところも
悪いところも
それも全部含めて
相手に対して
誠実であればいいんじゃないか。

だけど
そこがゆがんでしまうと
難しくなってしまう。

それが正しいのか正しくないのか
それもわからない。
答えなんてないけれど
でもわたしは
誠実でありたいと思う。
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# by akiaki2u | 2010-01-04 20:58 | その他

学んだこと

まずはひとの気持ち。

これは
わたしの永遠のテーマ。
自分のことより
ひとのことを
思いやることのできる心。

わたしは汚いところを
たくさんもっている人間で
醜いことも
ずるいことも考える。
間違いもおかし
失敗もある。

「でも、それが人間さ」

そう言ってくれるひともいるし
わたし自身もまた
「そうだよね」とも
ぶっちゃけ思う。

自分がしんどいと
自分中心に時もある。
自分がキツイと
他人を思えなくなる時もある。
自分が疲れていると
周りがみえなくなる時もある。
どうやっても
自分のことしか
自分の悩みしか
考えられない時がある。

だけど。
そんな時でも
自分のことよりも
自分以外を思いやる心をもつことが
わたしのいまの目標であり
きっと
永遠の目標になるのだと思う。

ひとはみんな
考えも
感情も
育ってきた環境も
なにもかもが違う。
だから
わたしが「よかれ」と思っても
あるひとには
「よくない」ことだってある。
でもそれが
また違うひとには
「よいこと」になることもある。

しんどい時に
「そうだよね」と同意するのが優しさなのか
「そっか」と一緒に泣くのが優しさなのか
「バカゆうな」と叱咤激励するのが優しさなのか
「じゃ、どーする」と先をみるのが優しさなのか
それとも
なにも言わないで
ただただ話をきくのが
優しさになるのか。

ひとそれぞれで
みんな違うのだ。

わたしは「こう」だけど
みんなが「こう」とは限らない。
自分の気持ちや感覚を
ひとにあてはめてはいけないのだ。

入院中に学んだことだ。
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# by akiaki2u | 2009-12-27 01:18 | 入院生活

大失敗

「ちょっと、あげたまちゃんっ!!」。

怒られました。
2度も怒られた。
そりゃそーだ。
さすがのわたしも
「こりゃ、ミスった」と反省しきり。
でも、反省したところで
もー遅い。
わたしは反省しながら
ふかーいふかーい眠りの世界へゴー。

基本。
病院ではメイクは禁止。
ま、普通に考えれば
とゆうか、考えなくても
入院中にメイクなんて
常識外だね。
だよ。

でも。
ある意味、許されてる部分もある。
そりゃ、フルメイクのバリバリは
どーかと思うけれど。
けど、軽い感じなら
メンタルを考えると
「病も気から」みたいなもので。
気分転換とゆうか
前向きになれるとゆうか
テンションあがるとゆうか。
許されてる部分もあるのだ。

ま。
おとこのこには
わからないとこだと思うけどさっ。

なんとゆうかな。
それだけ
平常心になれているとゆうか
心に余裕が出てきた目安にも
なったりするわけよね。

でも、何度もゆうけど
「フル」はさすがにダメよ。
ファンデがっつりに
アイラインばっつりに
グロスぎらぎらとか、ね。
それこそ
常識の範囲内ってことで。

で、わたし。
やってましたよ。
そりゃ、やるさ。
べつに、ひとから「ブサイク」とみられよーが
そんなことじゃないす。
違うのよ。
心まで入院患者になってしまうのが
非情にイヤだったんだ。

こお
区切りがないわけですよ
入院生活。
ただでさえ先がみえない。
退院のめどもない。
そんな中でのわたしのスペースは
自分のベッドとその周囲のみ。
そりゃそうよね
入院してんだから。
個室に入らない限り
そりゃそうです。

なんかね。
メリハリつけたかったんですよ。
とゆうか
わたしにとっては
自然なこと。
入院してようがどこにいようが
自分のペースを作りたい。

だから。
着替えました。
だって、普通着替えるでしょ。
1日中パジャマでいるなんて
めったにないことでしょ。
だから、着替えた。
午前中にリハだから
まず、朝ごはんの後に
(朝ごはん、食べないけどさ)
リハ服にチェンジ。

リハが終わって病室に戻ると
普通服にチェンジ。
とはいっても
さすがにジーンズとかはないけど(笑)。
部屋着的な。
そんな感じ。
そして、夜。
消灯前に
パジャマ系に着替える。
ま、パジャマはそもそも着ないので
スエット系とゆうかね。
そんな感じ。

確かに
「切断か否か」とゆう中では
そこまでできなかったけどねー。
とゆうか、絶対安静だったしね(笑)。
ベッド上でも
ほぼ動けなかったから。

と、話はそれたけど。
だから、わたしは
毎朝、まつげをくるくる。
マスカラ、ぬりぬり。

わたしのメイクは
基本、アイメイク。
みんなは「ファンデ」が絶対必要ゆうけど
わたしにはファンデはさほど。
なにがなくとも
まつげです。
ここをびーんと起こすと
「よっしゃーっ」と
ようやく、自分スイッチが入る。

でも、そこは常識内で。
通常は、マスカラ3度ぬりだけど
軽く1回程度。
一応、考えてますから(笑)。
そして、たまにチーク。
こお、なんつーのかな。
チークいれるとさ
顔にメリハリがでるのよお。

看護士さんは知ってたよ。
みんな
「そのくらいの気持ちが大事」って
そーいってくれてたし
病室のおばちゃん達に
メイク講座をしたこともあるよ。

しかし。
さすがのわたしも凹んだ。
自分で自分に
「あたし、なにやってんだ」と
気づいて凹んだ。

そお。
普段ならこれでいい。
けれどわたしは...

手術日にまつげやってたのよおーーーっ!!

バカ。
なにも考えてなかった。
さすがに手術日に
まつげくるくるはねえだろ、自分。
ふざけてんのかって話だろ、あたし。

手術室に入って
毎度おなじみの看護士さんに
「またよろしくねー」といわれ。
「あ、よろしくでーす」なんて返し。

そしたらいきなり。
「ねえ、あげたまちゃん。マスカラしてる?」

げ。
げげっ。
やばっ。
返事できねえ。

清潔第一じゃん、術中。
顔色、大事じゃん、術中。
とゆうか
そうゆうお話の以前の問題。
自分のゆるさに
びびりました、マジで。

しかも。
2回やりました、これ。
形成の看護士さんも
手術いく前に
忠告してくれっちゅーの(笑)。
まつげくるくるで
手術はないだろー(涙)。

術後、看護士さんに
「ねえ。あげたまちゃん、手術はイヤじゃないの?」と
そおきかれましたが。
まつげやってる余裕があるって
ある意味、神経太いって
そうゆう意味できいたみたいだけど。

イヤじゃない。
こわくないです
(病気の手術はべつね。
わたしのは怪我の手術だから)。
だって
眠ってるもん。
下半身麻酔の時だって
音はきこえるけど
痛くないもん。
みえないもん。
しかも、よくなる為にやるものでしょ。
悪くなるために受けるものじゃないもの。
だから、手術そのものは
まったくこわくない。
先生、たのんます。
それだけ。

ただね。
術後のずーーーーっと続く
寝たきり生活。
それだけは....

ホント、いやーーーっ。
拷問。
地獄。
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# by akiaki2u | 2009-12-26 10:55 | 手術

今日はクリスマスイブ。
クリスマスとゆうと
必ず思い出すわ。
クリスマスに手術して
覚醒したとたんに
ケーキをバカ喰いしたことを。

病室のおばちゃんたちが
夕方前から手術室に入ったわたしのために
ケーキを残しておいてくれたことを。

それを
ラリってるわたしは
(術後すぐってラリってるみたいじゃない?)
ばかばかと
何個もいっきに
深夜に食べたことを。

そう。
わたしは、覚醒がやたらと早い。
9回手術したけれど
術後に嘔吐したことは
1度しかない。
でもそれも
ケーキと同じように
ラリってるテンションで
とうきびを食べてしまったから...
だと思われます(笑)。

最初に運ばれたきた時の手術は
10時間前後かかったはずなんだけど
その時でさえ
嘔吐しなかった。
ビニールみたいな
透明カバーの囲いの中で
もわもわとはしていたけれど
そこまでの吐き気はこなかった。

観察していると
男子はそーでもないみたいね。
でも女子は
たいがい、みんな
術後は嘔吐。
3日くらいそれが
継続していたひともいたよ。
かわいそだね。

そんなわたしなもので
術後の酸素マスク。
あれが、ひどくうざい。
邪魔なのよおー。

意識もはっきりしてきて
(ラリってはいるけど)
脳みそと口が
なんとなくばらばらだったはするけれど
覚醒はしているわけで。
でも
「酸素マスクはずしていい?」
とゆっても
「まだダメ」と
なかなかオッケーがでない。

あれさー。
息苦しいんだって。
意識がぶっとんでる時なら
そんな気もおきないんだけど
覚醒している時の酸素マスクって
ひどくうざい。
逆に息苦しいのよ(笑)。
自分の呼吸が熱くて
逆にはーはーしてくる。

だから
「ダメ」ゆわれても
勝手にはずしちゃう。
「もーだいじょううだって」と
はずしちゃうの。
しつこいけど
逆に苦しいんだもん。
はずしたほーが
どんだけ呼吸が楽か。

けど
またすぐにみつかり
「あげたまちゃん、もーダメだってば」と
お叱りをうける状況。

だから
かなりずらして
頬に酸素マスクしてたぜ(笑)。
美容器具のよーになってたぜえー。

でもそれも
術後のわたしが
なぜか元気だから。
大きい手術をしても
長い手術をしても
なぜかタフガイだから。

「なんでだろ」

先生も「謎だ(笑)」と
ゆっていたよ。
でも、その謎のおかげで
ずいぶんと助かりました。
術後のつらさが
半減するもんねー。

でも、この謎。
解明してみたいわー(笑)。
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# by akiaki2u | 2009-12-24 23:11 | 手術

痛感

なんとゆうか
とても複雑な気持ちになった。
いろいろな感情が交差して
ひとことでは表現できない。
そんな気持ち。

ちょっと前に
ちょー副業のお喋り仕事で
(とゆうか、副業の集合で生きてるけどっ)
あるひとと接点があったのね。
その「あるひと」とわたしは
初対面だけれど
その「あるひと」が
わたしの関わりのあるひとと
けっこー親しいひとだった。

副業で
バスに乗ってるの。
でもガイドと違って
ずっと立ちっぱで喋るわけでもなく
いーとこマイクをもって
15分程度。
基本、数分マイクで喋って
あとは座って打ち合わせしたり
ぼーっとしたり
作業してみたり
他スタッフとお話したり。
そんな程度。

車内で喋るよりも、車外。
つまり、降りてからあれこれと
喋ることが多いんだ、その仕事。
あ、ツアコンじゃないよ。

それでも
けっこーキツイ時がある。
口は元気だし
喋りにも困ることはない。
けれど
やっぱり動きが伴うことが多く
無理をしている部分も
当然でてくる。
でも、きっと。
ほぼ全員のひとが
わたしの足が不自由だなんて
気づいていないと思う。

でもそれは
わたしの足がそれだけ
自由が利くようになったわけでもなく
以前より回復したわけでもなく。
ただ、気づかないだけ。
気づくような場面に
でくわさないだけ。
「あれ?」と思う動作をするような
場面にでくわさないから。
杖もついてないし
大きくひきずっているわけでもない。
そしてわたしも
「これでギリ」とゆう
限界まで無理しているから。
だから、ぱっとみは気づかない。
そうゆうこと。

いえ。
それを言いたいわけじゃなくて。
そーじゃなくて。

要は
先日、たまたま乗り合わせたバスの
そのドライバーが。
わたしが、もう2度とききたくもない
名前を出してきたのだ。
そう。
わたしをひいた運転手と
親しくしてるらしかったのだ。

もちろん
わたしからあの事故のことを
話し出すわけはない。
もお、わたしには過去のことで
隠すわけじゃないけれど
わざわざ
わたしがいたあの業界のひとに
自分からアピることじゃない。
言う必要がないってことだ。
けれど。

あの日のドライバーに
「喋り、うまいね。元ガイドかなんか?」って。
そーきかれた。
「うまいね」は「ありがとうございます」って思うけど
「元ガイド?」ってとこが、ね。
まあ、隠すことでもないので
「はい、そうです」って
そーこたえるじゃない?

「もう乗ってないの?」
「乗ってませんねー」
「何年くらい乗ってた?」
「けっこー長く乗ってました」
「もう乗らないの?」
「足、ちょっと怪我しちゃったんで、キツイすねー」

これだけ。
この会話をしただけ。
なのに、そのドライバーが
「もしかして、○○くんの時の事故の!?」って。
いきなり、そーきいてきたんだ。
○○くんとゆうのは
そう、わたしをひいた彼の名前。
一瞬、具合が悪くなった。
もおいいよ、その話。
もおいいよ、その名前。
つか、なんでこれだけの会話で
すぐにぴんとくるんだろ。

「あーあ、この会話長くなったらめんどくさいな」
そー思ったけれど
嘘をつくところでもないので
「え。なんで知ってるんですか?」と。
はいでもいいえでもなく
そーこたえてみた。
日本語的に、うやむやな感じで
逃げたかったんだ。

そしたら
知らないわけないって。
ぴんときたんだってさ。
有名な話だって。
知らないひとはいないって。

どこがどー有名なのかはわからない。
事故そのものが知れわたっているのか
その後の訴訟等のことなのか
ドライバーのことなのか
それとも、わたし自身のことが
「あのガイドだったんだー事故って」みたいな。
そー広まっていることを言っているのか
そこはよくわからない。
確かに、わたしはあの業界歴が
決して短くはなく。
毎日毎日、あちこちの観光地や
あちこちの定宿や
あちこちのドライブインで会うのだから
わたしの名前を知らなくとも
わたしのことを知っているひとは
けっこーいるらしいとゆうことは
ひとづてにきいているけれども。

とにかく。
それから
あれやこれやと
いろいろとインタビューされた。
だから、仕方がない。
された質問にこたえた。
そして
こたえているうちに
なんともいえない気分になった。

そのドライバーの心はわからない。
軽く心配してくれているのか
大変だったなーと思ってくれているのか
ただ流れでなにげにきいてきたのか。
それとも
わたしをひいたドライバー側のひとで
いろいろさぐっているのか。
単なる興味本位なのか。
それは、なにもわからない。

どうしていいのか
ちょっとわからなくなった。
精一杯わたしなりに
頑張ってとゆうか無理をして
その副業をこなしてるのだ。
でも、それがそのままのわたしだと
思われたらたまらない。
つまり
「もー元気なんじゃん」
「つか、歩けんじゃん」
みたいな。

確かに、わたしは元気。
けれど、痛みは常にあるし
いつも植皮部分に気を使い
ひとつひとつの動作を
考えながらおこない
ただ立っているだけでも
普通にできるわけでなく。
バスでちょっと立つ時も
普通に何も考えないで
自然に立っているわけじゃない。
ステップを降りる時も
車内の通路を通る時も
前とは違う。
全然違うのだ。

けれど
それは目には入らない。
言わないとわからない。
口にしないと伝わらない。
わかるわけがないのだ。
見える部分に傷があるわけでもない。
足の形が変形しているのも
みえているわけでもない。
植皮した部分のパッチワークな足が
視界に入るわけでもない。
神経も骨も筋肉も
彼の目には入らない。

いや。
べつに、それでもいい。
べつにいーよ。
それも本音。

けれど。
このわたしの
正直、しんどいことの多いことが
伝わらないのも
なにか、しっくりこなくて。
そしてそれを
おそらく
わたしをひいたドライバーに
親しくしているのだから
伝えるであろう現実を思うと
非情に納得がいかなくて。
なんだか気分がよくなくて。
そう、これも本音。

でもそれを
「あーですこーです」と
「こーみえてもあーでこーで」と
いちいち伝えるのも
どーかと思う話だよね。

疲れた。
とても、疲れた。
心が疲れた。
こうゆうのを
複雑とゆうのかなーなんて。

心が元気な時だと
「べつにいーじゃん。けっ」と思えることも
心が疲れてしまうと
「はあ。なんだかな...」と。
同じ事柄に向き合っているのに
まったく違う自分がいる。

久しぶりに
あの時のいろいろが交差して
なんともいえない気分になった。
けれど。
わたしをちゃんと
みてくれているひともいる。
口にださなくとも
思ってくれるひとがいる。
寒い日には「だいじょうぶ?」って
階段のくだりで「いける?」って
重たい荷物を「もつよ」って
すべる道では「気をつけて」って。
ありがたいことに
いちいち口にしなくても
気遣ってくれるひとがいる。
わたしの心の中の声を
ききとってくれるひとがいる。

この日。
今まで以上に
わたしを理解してくれているひとに
感謝した。
知ってくれていることのありがたさを
今まで以上に痛感した。
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# by akiaki2u | 2009-12-23 12:04 | その他



バスにひかれた元バスガイド 復活迄の日々と今を綴ります
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